瑠璃光寺(山口市) 

瑠璃光寺

瑠璃光寺・基本情報

住所 〒753-0081 山口県山口市香山町7−1
電話 083-922-2409
最寄り駅 山口駅から車で15分
山号・寺号・本尊 保寧山・瑠璃光寺薬師如来
宗派 曹洞宗

瑠璃光寺・歴史

元々この地にあったのは、大内義弘が石屏子介(周防出身、仏鑑派、入元僧)を開祖に建立した香積寺。義弘が応永の乱で敗死したのち、弟・盛見は兄の菩提を弔うために五重塔をつくった。盛見の戦死後、ようやく塔は完成し、以来大内氏のシンボルとなっている。
しかし、香積寺のほうは藩政時代に萩へ移築されてしまった。現在の瑠璃光寺は、仁保にあった陶弘房の菩提寺。同じく、移築されて来たものである。
香積寺の仏殿は、安芸国へと移築されてしまい、現在安芸国不動院として国宝となっているものがそれである(広島市東区)。
五重塔だけは、今も変わらず、元あった地に佇む。
なお、現在は香山公園として整備され、瑠璃光寺、五重塔はもちろん、明治維新関連施設なども移されて、市民の憩いの場となっている。

瑠璃光寺・みどころ

由来看板


説明板も多数あるのだが、もっとも分かりやすく、ざっくりまとめられたこれイチの看板はこちら。香積寺と瑠璃光寺の関係、それぞれの寺の由来と現状がすべて、コンパクトにまとめられている。

五重塔


手前の池に漣がたっているかどうかで、水面に映る塔の姿が変わるので、
カメラを片手にシャッターチャンスを待ち続けるファンも。
池に漣がたっていないお陰で、鏡のような水面に塔が映っている奇跡の一枚。

山口に来て、五重塔を見ない人はまずいないだろう。
塔は再建当時の姿のままで残されており、今に伝わる貴重な文化財だ。

花咲く春も、紅葉の秋も、五重塔はいつ来ても美しい。
そして、時間によってその姿を変える。

写真家たちは毎日この場所に足を運び、四季折々時々刻々と姿を変える、でも、いつ、どこから見ても美しいこの塔の姿を写し取って行く。手前の池は、吹く風によって波立っていることが多く、鏡のような水面に映る塔の姿に出会えることは珍しいそうである。偶然にもその稀なるワンシーンに行き会い、興奮して声をかけて来てくださった愛好家とともにシャッターを押した。これが、ただのスマートフォンではなく、高機能のデジタルカメラであり、撮影者の技術も高ければ……と残念に思う。

瑠璃光寺資料館


瑠璃光寺に来て、資料館を通過してはならない。
なお、売店で素敵なポストカードを販売しておいでなのも、資料館の方々。春の花、夏の青葉、秋の紅葉、冬の雪、春夏秋冬折々の美しい五重塔の写真をほぼあるだけ買い占め。中には、空に虹がかかっている奇跡のような一枚も。

本堂


瑠璃光寺は陶弘房の菩提寺であるため、その念持仏・薬師如来が本尊。
ちなみに、薬師如来様は瑠璃光浄土におられる。寺名の由来は多分これだ。

大内弘世公像


山口に本拠を移したのは、弘世公というのが通説。
市内には弘世公創建の寺院が数え切れないほどある。
恐らく、市民が一番好きな大内家当主の一人。
ゆえに、市街を見渡すこの場所に、堂々とこの巨大な像が建っている。

枕流亭


「ちんりゅうてい」と読む。「明治維新史跡」に指定されている。
旧安部家の離れで、元は一の坂川河畔にあったのがその名の由来、とある。
かつて、この建物の中で、明治維新の有名どころが集まって話し合いがもたれたという。
建物は、昭和年間にこの地に移築された。
こうしてみると、香山公園は大内家ゆかりの云々ではなくて、山口市民のものであって、どの時代の何でも、貴重なものはここに集められるんだな、と感じる。
歴史の流れを感じる。イマドキの民の憩いの広場、香山公園。五重塔と一緒に、他県民に自慢しよう。
瑠璃光寺写真集