瑠璃光寺 五重塔

香山公園 瑠璃光寺・五重塔

陶弘房菩提寺・瑠璃光寺。国宝の五重塔が有名な寺。
ただし、五重塔は元々この地にあった香積寺のもの。

この味気ないキャッチフレーズはどこから……。
ただし、史実上はそうなる。
五重塔は、大内義弘の弟・盛見が兄の菩提寺・香積寺に建てたものだからだ。

やがて、防長の主となった毛利家は、香積寺を萩に移築。
その後、瑠璃光寺が、この場所に移って来た。
ただし、五重塔だけは創建当時のまま。
なので、瑠璃光寺のものだと思っている五重塔は、本当は……。
というような事情。

でも塔の前に来ると、そんなことはもう、どうでもよくなる。
今は人々の憩いの場・香山公園。
大内家、そして、毛利家の当主たちも、イマドキの民の笑顔を見たら、それで満足の筈だ。

由来


説明板も多数あるのだが、もっとも分かりやすく、ざっくりまとめられたこれイチの看板はこちら。香積寺と瑠璃光寺の関係、それぞれの寺の由来と現状がすべて、コンパクトにまとめられている。

五重塔


手前の池に漣がたっているかどうかで、水面に映る塔の姿が変わるので、
カメラを片手にシャッターチャンスを待ち続けるファンも。
池に漣がたっていないお陰で、鏡のような水面に塔が映っている奇跡の一枚。

山口に来て、五重塔を見ない人はまずいないだろう。
塔は再建当時の姿のままで残されており、今に伝わる貴重な文化財だ。

花咲く春も、紅葉の秋も、五重塔はいつ来ても美しい。
そして、時間によってその姿を変える。

写真家たちは毎日この場所に足を運び、四季折々時々刻々と姿を変える、でも、いつ、どこから見ても美しいこの塔の姿を写し取って行く。手前の池は、吹く風によって波立っていることが多く、鏡のような水面に映る塔の姿に出会えることは珍しいそうである。偶然にもその稀なるワンシーンに行き会い、興奮して声をかけて来てくださった愛好家とともにシャッターを押した。これが、ただのスマートフォンではなく、高機能のデジタルカメラであり、撮影者の技術も高ければ……と残念に思う。

Name
五重塔人気だけが独り歩き?
ううん、見るべきものは他にもたくさんある。
時間を忘れるワンダーランドだよ。

瑠璃光寺資料館


瑠璃光寺に来て、資料館を通過してはならない。
なお、売店で素敵なポストカードを販売しておいでなのも、資料館の方々。春の花、夏の青葉、秋の紅葉、冬の雪、春夏秋冬折々の美しい五重塔の写真をほぼあるだけ買い占め。中には、空に虹がかかっている奇跡のような一枚も。
有難くも、それらのお写真を、サイトで利用してもかまわない、というお墨付きも頂いている。

Name
許可してくださったのは口頭だったから、もはや僕たちのことを忘れてしまわれたかも……。
でもね、誰にでも親切にしてくださると思うの。

本堂


瑠璃光寺は陶弘房の菩提寺であるため、その念持仏・薬師如来が本尊。
ちなみに、薬師如来様は瑠璃光浄土におられる。寺名の由来は多分これだ。

大内弘世公像


山口に本拠を移したのは、弘世公というのが通説。
市内には弘世公創建の寺院が数え切れないほどある。
恐らく、市民が一番好きな大内家当主の一人。
ゆえに、市街を見渡すこの場所に、堂々とこの巨大な像が建っている。

枕流亭


「ちんりゅうてい」と読む。「明治維新史跡」に指定されている。
旧安部家の離れで、元は一の坂川河畔にあったのがその名の由来、とある。
かつて、この建物の中で、明治維新の有名どころが集まって話し合いがもたれたという。
建物は、昭和年間にこの地に移築された。
こうしてみると、香山公園は大内家ゆかりの云々ではなくて、山口市民のものであって、どの時代の何でも、貴重なものはここに集められるんだな、と感じる。
歴史の流れを感じる。イマドキの民の憩いの広場、香山公園。五重塔と一緒に、他県民に自慢しよう。