於児丸の室町カフェ

サイトキャラクター・於児丸イメージ画像

人物説明

人名特化の用語集。庭園の列伝に入れてもらえない他家の人々が押し込まれている。於児丸が見聞きした範囲での説明なので、時代は限られる。
ただし、イマドキに召喚されているから、現代の書物を見て書くことはできる。
(※更新停止。古い記事へのリンクは外してあります。)
足利義材、足利義澄
細川政元、細川澄之、細川澄元、細川高国
畠山尚順、畠山政長、畠山義豊、畠山義就

なにゆえに、このような人選になったのかは読めばわかる(はずである)。キーワードは「親密」もしくは「険悪」。利害関係の対立から一門が血で血を洗う惨劇となる時代。考えてみたら、細川、斯波、畠山と将軍家の関係って、鷲頭、右田、陶とかと大内の関係と同じじゃんね。それなのに。同姓の身内同士ほどより激しく争うという悲惨さ。細川も畠山もこれのみにあらず、斯波なんてそもそもここにはいないが、見たところ全員、於児丸の関係者。於児丸が新介の関係者であるゆえに、そのまま庭園の関係者ともなる。

政長(於児丸の父上、義材の管領)、政元(義澄の管領)、義就(政長の従兄)、義豊(義就の子)、澄之&澄元&高国(政元の養子)⇒ これらの人々の中で、自然死は畠山義就と細川澄元だけ。
細川は全員庭園の「敵」で、義材に協力していたように見える高国も含めて全員がワルモノと思えばよろしい。ただし、摂関家の若君・澄之だけは例外。
畠山とは利害関係の対立がないため、特に親密でも険悪でもない間柄だと思われるが、応仁の乱で東西に分かれたとき、共闘した義就と法泉寺さまとにご縁が結ばれた。ところが、その後の政長と政元の対立から、かつての「東西」の組み分けには微妙な歪みが。本来ならば、河内王・義就の縁者こそ新介と親しくなってよさそうなのに、まるで反対になった。

管領家の庭園日記(畠山両家記、流れ公方復職記)

『公方両将記』という軍記物の中身を借りた企画。
応仁の乱終結後も含めて、将軍家、細川家、畠山家それぞれのお家騒動を適当に書きつけている。現在のところ、とてつもなくヘンテコなイマドキ語変換文が掲載されている。
(※日本語リライト予定)
じつは、さらに似たような軍記物が三種類も存在し、どれも似たような違うような。全部読むのが夢。親戚関係とか、家来の出自とかまるで不明だし、興味もないけど。でも、キャライラストができてる人たちにはなにゆえにか親近感湧いてしまった……。

半将軍

このどうでもいい「たいとる(含むサブ)」は何なのだ? この話のメインは明らかに我らである。

新将軍

今出川さえこの世からいなくなるのなら、つまらぬ記事などどうでもいい。

九郎

……。

其の壱 義尚公御政務之事
其の弐 河州正覺寺合戰畠山政長自害之事
其の参 畠山尚順與細川方合戰之事
其の肆 細河家亂根之事
其の伍 先公方義澄卿御沒落之事
最終話 大內介歸國之事 高國政務之事

室町カルチャーセンター

庭園の主は和歌の神様。
そうでなくとも、文芸マニアな当主ばかり続いた文武の家ゆえ、和歌だ連歌だと、意味不明な世界。
彼らの生態を理解するためには、最低限の文芸ネタも知っていたほうがよさげ。
ということで、あくまでも基本の「き」にすぎない文芸コラム。
於児丸が成長するにつれ、内容もレベルアップしていく(かも)。
(※更新停止)

室町時代の古典文学
連歌の話
寄月初恋~室町歌集~

用語説明

政治、経済その他、すべて庭園 CONTENTS を補完するために書かれている。
「澪と尚順の室町談義」というタイトル無視のチャットの URL を使いまわして記述される予定(※準備中)。

応仁雑記

東軍関係者の息子・於児丸が庭園の主からの「西軍礼賛記事を書け」という命令を密かに無視して勝手に書きつけている覚書。
新介より二つしか年上じゃない於児丸に、戦争中のことなどわかるはずもない。
(※更新停止)

年表
アウトライン(その前夜)
アウトライン(合戦中)
関係者系図

 

リニューアル前投稿日: 2020年11月22日 14:52
※このページは 20220330 にリライトされました。

2021年6月14日