広沢寺(山口市)

広沢寺・基本情報

住所 〒753-0851 山口市大字黒川1483
電話 083-920-1417
最寄り駅 湯田温泉駅から車で10分
山号・寺号・本尊 万年山・広沢寺・薬師如来
宗派 曹洞宗

広沢寺・歴史

この地には元々、泉香寺という寺院があった。
広沢寺は大内教幸の菩提寺で文明年間(1460~1487)に建てられたもの。はじめ古熊にあったが、明治3年にこの場所に移転してきた。

応仁の乱の際、政弘留守中の分国で反乱を起こしたのが教幸。
父・教弘の兄とも弟ともされる。
人々の記憶に残ったのはこの一点のお陰だが、勝敗は紙一重。
あるいは、全く違った歴史が展開することになった可能性も。
勝利者サイドから見たら明らかな敵対分子だが、菩提寺は残されていたとみえる。
教幸自身の生涯には謎が多い。
死亡した場所と時期も、通説とは違う理論を展開している研究者もおられ、確定できない。

現在当寺に伝わる県指定文化財二点は、いずれも泉香寺の伝来仏。

広沢寺・みどころ

山口県指定有形文化財が二点ある。
広沢寺薬師如来坐像
平安時代末期の作といわれ、坐像としては大きい144.8センチメートルで、桧材の寄木造り。後世の補修がほとんどなく、当時の特徴をよく現わしている。
広沢寺ニ天王立像
四天王のうち、増長天と持国天で、薬師如来坐像と同時期の作。 ともに133.5センチメートル、桧材の一木造り。当初は彩色されていたものと思われるが、現在は剥落し素木のようになっている。
山口市指定有形文化財
大般若波羅密多経五百八十八巻――応永16年(1409)年前後に書写されたといわれれ、うち八巻は朝鮮高麗の高宗の勅版大般若経が入っている。

本堂


「檀信徒会館からお入りください」との張り紙がある。
下の画像が、その会館。本堂ともども、立派な建物だ。

広沢寺写真集