関連史跡案内

広沢寺(山口市)

2020年9月22日

石段の写真

広沢寺・基本情報

住所 〒753-0851 山口市大字黒川1483
電話 083-920-1417
最寄り駅 山口駅、湯田温泉駅
山号・寺号・本尊 泉香山・廣澤寺・薬師瑠璃光如来
宗派 曹洞宗

広沢寺・歴史

もとは臨済宗の古跡で、青鼈山泉香寺といった。開基は大内盛見である。国清寺開山・仏悟恵光禅師(応永九年三月二十二日寂)を招いて開山とした。その後、元禄元年(1688年)、古熊村の万年山永福寺・春盛和尚を招いて、曹洞宗に改宗した。それ以来、一八二年続いた後、泉香寺は廃寺となった。明治三年(1870)五月、跡地に上宇野令古熊にあった万年山・広沢寺を引寺しそのままの寺号を名乗ったという。泉香寺の名前は現在の山号に残っており、また、泉香寺に伝わっていた仏像で、山口県指定文化財となったものが数体ある。

いっぽう、この地に移って来た広沢寺の由来は大内持盛の子・大内掃部教幸の位牌所である。開山は闢雲寺中興覚隠禅師の高弟・雪心真昭和荷。教幸は法名を広沢寺殿南栄道頓大禅定門といい、文明二年に亡くなった。寺院は教幸菩提寺として、文明年間(1460~1487)に建てられたもの。永禄十二年(1569)、大内輝弘の乱の時、諸堂は悉く焼払われてしまった。残ったのは、山中に大内家崇敬の東山嶽の観音堂と本尊のみ。その上に唐笠松という名木があって今もある。焼失後、堂宇を麓に移した。当時の人々は岩崎の観音と呼んだ。馬場に観音石という大石が一つあるという。(以上参照:『山口県寺院沿革史』、光沢寺開山については『趣味の山口』、現在の山号については、曹洞禅ナビサイト)

※なお、大内輝弘の乱で焼け残った観音堂、本尊、唐笠松、観音石については『山口県寺院沿革史』に書いてある当時のものであり、現在の状態、その後判明した事実などについては現時点では調べておりません。

大内教幸は応仁の乱の際、当主・政弘留守中の分国で反乱を起こした人として有名。政弘の父・教弘の兄とも弟ともされる。反乱は鎮圧され、教幸も亡くなった。勝利者サイドから見たら明らかな敵対分子だが、菩提寺は残されていたとみえる。教幸自身の生涯には謎が多く、死亡した場所や時期についても、通説とは違う理論を展開している研究者の先生もおられ、確定できない。

広沢寺・みどころ

山口県指定有形文化財が二点ある。広沢寺薬師如来坐像、広沢寺ニ天王立像。
ほかに、応永十六年(1409)前後に書写されたといわれる「大般若波羅密多経五百八十八巻」がある。この経典書写のうち八巻には「勅版大般若経」が含まれており、山口市指定有形文化財となっている。「勅版大般若経」というのは高麗の高宗が勅命で刻させたもののこと。(参照:説明看板)

薬師如来座頭 & 二天王立像

文化財説明看板の写真

「広沢寺薬師如来坐像」
平安時代末期の作といわれ、坐像としては大きい144.8センチメートルで、桧材の寄木造り。後世の補修がほとんどなく、当時の特徴をよく現わしている。
「広沢寺ニ天王立像」
四天王のうち、増長天と持国天で、薬師如来坐像と同時期の作。 ともに133.5センチメートル、桧材の一木造り。当初は彩色されていたものと思われるが、現在は剥落し素木のようになっている。(以上、参照:説明看板)

広沢寺○○となっているものの、いずれも元々この場所にあった香泉寺のものである。『山口県寺院沿革史』には、現光沢寺の「寺宝」として、「本尊薬師如来 御丈ヶ四尺六寸五分 行基菩薩の真作なりといふ釈迦如來及び四天王像二躰は安阿弥の作と伝ふ。 正観世音像、大内教幸の守本尊也死後当寺に納められ、二十年毎に開帳す」と書いてある。

本堂

本堂の写真

檀信徒会館の写真

本堂には「檀信徒会館からお入りください」との張り紙があり、下の写真が、その檀信徒会館。『山口県寺院沿革史』には、「本堂 六間ー四間 四百年前開基当時のものか 釣屋 二間ー四間 享和年間 庫裏 位牌堂(宝楼閣)二間ー四間」と書いてあるのだけれど、現在はご覧のようにたいへん立派な建物であり、開基当時のものとは思えない。ご本が書かれたのちに、改築が行なわれたのだろう。本堂はじめ、境内は整備され、清潔感漂う寺院だった。

広沢寺写真集

ミル

駆け足の参拝だったので、ほとんど何も見ていない。文化財の仏像類は簡単には見ることができないと思うから(多分)、地元の方々に身近な寺院さまとしてはこんな感じです。

五郎

もとの広沢寺は一度燃えてしまったけど、明治時代までは存続していたわけだよな? それに、元の香泉寺だって明治時代までは存続していた。二つのお寺が、その時まで、どのようなかたちで再建、修築保持されていたのかとか調べられるはずじゃないか。怠慢だな。

ミル

だから、「現時点では」調べてない、って書いたんだよ。

アクセス

山口駅からタクシーを使いました。曹洞禅ナビによれば、山口線・矢原駅から徒歩20分とあります。20分歩くことは、道がわからないとかなりキツいですので、車がいいと思います。また、湯田温泉駅からは車で10分かかります。

参照文献:『山口県寺院沿革史』、『趣味の山口』 防長史談会様編 マツノ書店様 復刻版 平成4年、文化財説明看板、曹洞禅ナビ様(https://sotozen-navi.com/detail/index_350020.html)

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