広沢寺・造反した親族・大内教幸の菩提寺

大内政弘の伯父・教幸の菩提寺

県指定の有形文化財が二点ある。
応仁の乱の際、政弘留守中の分国で反乱を起こしたのが教幸。
父・教弘の兄とも弟ともされる。
人々の記憶に残ったのはこの一点のお陰だが、勝敗は紙一重。
あるいは、全く違った歴史が展開することになった可能性も。
明かな造反者だが、どうやら菩提寺は保存されていたものと見える。
元は古熊にあり、明治時代に現在の地に移されたという。
教幸自身の生涯には謎が多い。
死亡した場所と時期も、通説とは違う理論を展開している研究者もおられ、確定できない。

本堂


「檀信徒会館からお入りください」との張り紙がある。
下の画像が、その会館。本堂ともども、立派な建物だ。

有形文化財


「薬師如来坐像」「二天王立像」の二つが、山口県指定の有形文化財。このほか、大般若波羅密多経という書写された経文全五百八十八巻があり、うち八巻が高麗高宗勅命による勅命大般若経。この部分が、山口市の指定有形文化財だ。
ところで、薬師如来坐像は、平安時代末期に作製されたとみられるものだが、元々は泉香寺に伝えられるものであった。
そう、移築によって、広沢寺がこの地に移った時、元々この地にあった寺院は泉香寺だったのだ。この点は、現在の瑠璃光寺・五重塔とまったく同じことになっている。

〒753-0851 山口県山口市黒川1483