雅な大内文化の象徴・築山館の「跡地」

夜毎雅な宴が止むことのなかった築山館
今はただの廃墟
雅な宴もたけなわの時刻 訪ねてみてもあるのは廃墟
虚しさに涙が止まらない

荒城の月ならぬ、廃墟の月は青く澄んで美しかった
月は松 こずゑは うみの

現在、この地を発掘復元する事業が進行中。
しかし、イマドキの民の居住区域もあるので、
なかなかに難しいだろう。
ホンモノそっくりのニセモノを作って
コスプレして雅な雰囲気を楽しむか
廃墟の跡にも浪漫を感じるか
楽しみ方はひとそれぞれ
何か大きな 新しい発見があることに期待

築山館跡


現在、築山館跡地にはかつての面影はまったくない。
すでに、一部が発掘・復元された「大内氏館跡」同様、築山館跡でも、行政が大がかりな整備を計画中。
現状は、敷地内に、八坂神社、築山神社という二つの神社、および、石碑類などが残る。
当初残っていたとされる土塁も江戸時代には、埋め立てられてしまい、現在はほんの僅かに散見できる程度。
(素人には見付けられない)

八坂神社


大内弘世公が京都から勧進したのが始まり。
後に、義興様が今の山口大神宮のところに移して、社も新しくした。さらに、毛利元就氏の子孫が現在の場所に移したのだが、本殿は義興様が建てた当時そのままである。
つまりは、今こうして、往時を偲ぶことが出来るのも、毛利家がきちんとメンテナンスを続けてくれていたゆえにである。

祇園稲荷神社

築山神社


築山神社は崩壊寸前。屋根が崩れかかっているため、ご覧の通りの応急措置をして何とか持ち堪えさせている。
早急に処置をする必要に迫られているのだ。

「月見之松石碑」


あまりにも有名な「大内氏月見之松碑」。
なお、この付近に本当に松の木があるが、当時のものではないので、誤解しないように。

宗祇句碑

箏曲組歌発祥之地


夜毎雅な宴に明け暮れた日々。
ここから生まれた芸能も数知れないだろう。
そのうちのひとつがこれ。
門外漢なので、解説は看板に譲る。
読みにくいので、そのうち文字に起こしたい。

伝・市川元教墓


なぜか毛利家家臣の墓が敷地内にある。

〒753-0035 山口県山口市