関連史跡案内

龍福寺(山口市)

2020年9月14日

山門の写真

龍福寺・基本情報

住所 山口市大殿大路119番地
電話 083-922-1009
山号・寺号  瑞雲山・龍福寺
宗派 曹洞宗
最寄り駅
資料館入館料 高校生以上200円、小・中学生150円
資料館開館時間 9:00~17:00(年中無休)

龍福寺・歴史

建永元年(1206)、大内満盛が白石に臨済宗の寺院を建立し、宝珠山瑞雲寺と号した。
延元元年(1336)、大内弘直は瑞雲寺を再建し、菩提寺とした。
享徳3年(1454)、大内教弘は雪心和尚を中興開山として、曹洞宗に改宗、寺号も瑞雲山龍福寺と改める。
その後、大内義隆の奏請により修築、勅願寺化。
天文20年(1551)、兵火によって焼失。

弘治3年(1557)4月、毛利隆元が義隆の菩提寺として、大内館の跡地に龍福寺を再興した。
隆元再建の寺院も火災により焼失。元大内氏の氏寺・興隆寺より建物を移築したものが、現在の龍福寺本堂である。

龍福寺・みどころ

大寧寺にある大内義隆主従の供養塔、氏寺・興隆寺梵鐘のミニチュアなどがあり、興隆寺からは本堂も移築されている。結果、大内家の歴史をコンパクトにまとめたような場所となった。
資料館も充実しているので、最初に訪れるべきところ。

宝現霊社

宝現霊社の写真

琳聖太子から大内義隆に至るまでの大内家当主を祀ったもので、龍福寺の鎮守。
元々の社殿は大内教弘が築山館に建てたものであったという。
江戸時代においても毛利家が祭祀を続け、明治時代には「多々良神社」と呼ばれていたこともあったという。
現在の社は江戸時代に建てられたもの(参照:説明看板)。

豊後岩

豊後岩の写真

なにゆえにこんなところにこんな岩が? と思うけど、きちんといわれがある。この寺院はもと館跡。そこには見事な庭園もあった。当時、庭園の主は中国、四国地方に広大な勢力範囲をもっていたから、豊後国もその支配下に属していた。だから、庭園を造るにあたり、豊後国から岩を運ばせた。ふるさとを遠く離れた岩たちは、雨の夜になるたびに、故郷を恋しがって泣いたのだという。(参照:説明看板)

雅な宴は夢幻か。西の京は跡形もなく滅び去ってしまったが、かつての庭園の岩だけが寂しく残されている。今も豊後国を思って泣く夜があるのだろうか?

しあわせの鐘

しあわせの鐘の写真

大内家の氏寺であった興隆寺の鐘を模したもの。
実物は義隆寄進の重要文化財。
市内に来ているのなら、興隆寺も遠くはないので、行って見ない手はないものの、先を急ぐ旅であれば、この鐘も含め、何ヵ所かスルーできなくはない。
「しあわせの鐘」というネーミングがおしゃれ。

大内主従供養塔

大内主従供養塔の写真

「開基大内義隆卿の開基四百五十回大遠忌」にあたる平成十二年に建立された供養塔。長門湯本大寧寺にある実物の宝篋印塔を原寸大に複製したものであるという。その左手にある十三重塔は義隆に付き従って亡くなった家臣や、公卿等の供養塔。このほかにも、義隆辞世の句碑などがある。(参照:説明看板)

本堂

本堂の写真

明治十四年(1881)、龍福寺は火災によって焼失したため、毛利隆元が再興した当時の建物はほとんど残されていない。現在の本堂は、興隆寺から移築されたもので、元は同寺の釈迦堂であった。興隆寺は周知の通り、大内氏の氏寺だった寺院で、この本堂は文明十一年(1479)に建立されたものといわれている。平成時代に保存工事が行なわれ、室町時代の姿へ戻された。重要文化財に指定されている。(参照:説明看板)

資料館

資料館の写真

中に入りましたが、ものすごいボリュームでした。200円は安すぎると思います。

大内義興公「馬上展望」像

大内義興公「馬上展望」像の写真

ガイドさんからの一言

説明看板についているマークは文化財のマークです。

文化財マークの写真

文化財立て看板にやたらついているなぁ、と漠然と思っていたら、これ、文化庁のマークなんですって。れっきとした由緒正しき文化財でも、このマークつけ忘れている場合もあるため、ついてない = どうでもいいモノ、とは言えないようですが。逆に、どうでもいいモノに、このマークをつけたらダメです。

五郎

うわ、ホントになんでも詳しいんだね!

ザビエルの井戸

サビエルの井戸の写真

これもガイドさんが教えてくださったサビエルが井戸端で布教した、という井戸。もちろん、レプリカです。龍福寺の門前通りにありました。付近に説明看板の類は見当たらず。この場所にあることの根拠は不明ながら、きっと理由があるはず。この場所で布教していたという、そのもズバリの場所であったとしたら、大内氏館跡の目と鼻の先です。すごい場所で布教していたんですね(まあ、許可が下りていたからだけど)。⇒ 関連記事:サビエル記念聖堂

龍福寺写真集

アクセス

山口駅から町歩き。となりの大内氏館跡(庭園と土塁)、築山跡とか、あれもこれもあるから。

参照文献:説明看板

※この記事は20220918に加筆修正されました。

五重塔記念撮影の写真
五郎とミルの防長芸旅日記

山口市内と広島県の大内氏ゆかりの場所を回った旅日記。ついでに本拠地・周南の宣伝もしちゃう。

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