関連史跡案内

乗福寺(山口市大内)

2020年9月20日

山門の写真

乗福寺・基本情報

住所 〒753-0214 山口県山口市大内御堀4丁目6−33
電話 083-924-2590
最寄り駅 山口駅からバスで15分、「御堀橋」バス停から徒歩で15分
山号・寺号・本尊 南明山・乗福寺
宗派 臨済宗南禅寺派
公式サイト http://j3.hp-w.net/

乗福寺・歴史

創建は鎌倉時代終わり頃。開基・大内重弘(死後その菩提寺)。
建武元年(1334)に勅願寺化、建武五年(1338)に諸山昇格、貞和元年(1345)周防国利生塔にあてられるなど早くから重用された。後に十刹にも昇格している。

大内氏も幕府や他の守護家同様、五山の禅寺を重視し、歴代当主の菩提寺にも禅寺が設定されていた。しかし、後には曹洞宗寺院なども混じるようになり、時代ごとに異なる。なお、足利将軍家のように菩提寺を禅寺の塔頭にしたのは、弘世だけである。
1378年2月、大内弘世は乗福寺仏殿に碑文を記しており、この年に仏殿が改築された可能性がある。

なお、発掘調査により、かつての伽藍に使用されていたと思われる朝鮮式の屋根瓦が見付かっており、弘世の子・義弘代にこれらを用いて堂舎の整備を行ったとみられている。

乗福寺・みどころ

山口十境詩・南明秋興

「南明秋興」詩碑の写真

「山口十境」とは、大内弘世の時代、明国の使節・趙秩が山口に滞在したときに詠んだとされるもの。名前の通り、十ヶ所の風景を詠んでいる。いずれも劣らぬ美しい風景。該当箇所には、歌碑と案内板が置いてある。歌碑には原詩が、案内版には書き下し文とその場所の説明などが書かれている。場所にもよるのだけれど、ここの「南明秋興」には、訳文まで載っていた。残念ながら、写真が不鮮明でこの石碑も案内版も判読不可能。

山門

山門の写真

琳聖太子供養塔

琳聖太子供養塔の写真琳聖太子の供養塔を中央に配し、その背後に二つ並んで、重弘、弘世の墓がある。歴代当主の墓所は、どこも伝承的要素があって、本当にそれがその人物の墓所なのか、単なる供養塔なのか、あるいはただの無関係な石なのか、正確なことはわからない。

この始祖の墓といわれているものについてだけ取り上げると、どうやらかなり高い確率で単なる伝承であるようだ。ガイドさん曰く、色々なところから持って来た石を積み上げた可能性がある。素人目にはまったく判別できないのだけれど、石塔には地域や時代によって、使われている石だとか、形だとかに違いがあるはず。それらの一様ではない石が、一つにまとめて積まれている雰囲気のようだ。いずれの時代にか、そこら辺の別々の供養塔の石を持って来て、高く積み上げてこれを造った人がいたのかもしれない。

同じ観点から見ると、弘世・重弘の墓といわれるものは、それぞれまとまった一つの供養塔であることは間違いないらしい。ただし、本当にここに弘世公、重弘公が眠っておられるかは調べようがない。

専門家とご一緒していて、またとない機会だったので、この始祖なる人物は実在したのだろうか、という常日頃の疑問をぶつけてみた。研究者の先生方同様、やはりこれは疑問符であるらしい。ただし、観光に携わる方々の考え方としては、ここに始祖さまの墓所があると聞いて来ました~という、物好きな観光客が大量に訪れたほうがありがたいのです(現状、その手の人々はレアな部類にはいるようです)。

五郎

れあって何?

ミル

珍しいって。ミルたち、貴重な存在だね。

五郎

ふふん、当然じゃん。

於児丸

(変わり者、って意味、わかっているのかな、彼ら?)

それでは、本当の始祖というのは誰なのか、少なくとも渡来人であるという点は間違いないのか、とお尋ねすると、多々良という姓のお話をしてくださった。これは製鉄にかかわりのある技術系の渡来人を思わせるものである、と。だいたいそのような内容だったと思うけれど、記憶違いなどがあったらごめんなさい。

上田鳳陽先生の墓所

上田鳳陽墓所説明碑の写真

地元の方々にとって、この寺院内でもっとも重要なのはコチラ、山口大学の祖とされる石田鳳陽先生のお墓です。ほかのガイドさんからも鳳陽先生のお話をうかがっています(半分以上忘れてしまったから、急いで書き上げないと……)。江戸時代のお生まれで、明治維新前から学問所を作られた方であり、つまり山口大学は、東大なんかより、ずっと古いということです(確か)。

写真はお隣にあった石碑です。現在も、山口大学に関係する方々が先生を偲んでお参りしたり、清掃作業をなさったりされているのだとか。訪問した日はゆかりある時ではなかったので、静かに時が流れていました。

乗福寺写真集

付記・木喰仏 氷上

氷上の木喰仏の写真

木喰上人作の立木仏。周囲3メートルを越える楠の木。ガイドさんと二人で木に抱きついて、手を伸ばしてやっと手が届くくらいだった。この木の中に、地蔵菩薩が彫ってある。甲斐国出身で、江戸時代の末、周防国のあちこちに仏像を彫ったことで有名な木喰上人の作品。像を彫ったあと、樹木が生長したことで、仏像が木の中に包み込まれるような形となった。ゆえに、ほとんど、仏像の姿がわからなかった……。(参照:案内看板)

アクセス

山口駅からタクシー、バス、レンタカーなど。ただし、最寄りのバス停「御堀橋」からも歩いて15分かかるので、バスの待ち時間などを考慮して車推奨です。大内にはほかにもみどころがあるので、まとめて回ってしまえばいいかと。

※この記事は20220922に一部加筆修正されました。

五重塔記念撮影の写真
五郎とミルの防長芸旅日記

山口市内と広島県の大内氏ゆかりの場所を回った旅日記。ついでに本拠地・周南の宣伝もしちゃう。

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