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サビエル記念公園(山口市金古曽町)

2023年1月14日

サビエル記念公園記念碑
サビエル記念碑前にて

山口県山口市のサビエル記念公園とは?

日本に初めてキリスト教をもたらしたサビエルを記念して造られた公園です。サビエルは大内義隆からキリスト教の布教を許され、使われていなかった寺院を与えられました。サビエル自身は山口を後にして九州に向かったので、弟子のトレルスが布教活動を引き継ぎました。そのご、政変によって誕生した大内義長の政権からも、布教を許可する裁許状を与えられ、布教活動が続けられました。その拠点となったのが、この場所で、「大道寺」といいましたが、寺院ではなく教会でした。

毛利家の防長経略に先立ち、杉重輔と内藤隆世の同士討ちなどで市内が戦火に見舞われた際、寺院(教会)も焼失し、この地での布教活動もなくなりました。遙かにほど経て後、明治時代になって、ビリヨンという神父さまが来日されます。神父は自ら、大道寺の跡地を探し当て、そこにサビエルらの偉業を称えるこの公園を造ったのです。

サビエル記念公園・基本情報

所在地 〒753-0000 山口市金古曽町4

サビエル記念公園・歴史

天文十八年 (1549)、キリスト教を布教するために鹿児島に上陸したフランシスコ・サビエルは、翌年、京都に行く途中山口に立ち寄った。天文二十年(1551) 四月、再び山口を訪れ、大内義隆から布教の許可を得ることができた。義隆はサビエルの住居として、廃寺となっていた寺を与え、サビエルはそこに居住して、布教活動を行なった。

その後、サビエルは弟子のトレルスに山口でのことを任せて、自身は豊後国に向かった。その後、山口では義隆に反対する家臣らの叛乱が起り、義隆は命を落とした。けれども、家臣らに擁立された大友義鎮の弟・晴英も、引き続きトレルスらの布教活動を許可した。その時「大道寺」という寺院を与えられたので、トレルスらはそれを教会として使用し、布教活動を行なったという。熱心な布教活動により、多くの信者を得、日本で初めてのクリスマスが行なわれるなど非常に賑わった。

毛利家の防長経略に先立ち、内藤隆世と杉重輔との同士討ちが起り、山口の町は焼けてしまったが、その時、この教会も焼失してしまい、トレルスらは山口を離れて豊後国に移った。

明治二十二年(1889) 、山口カトリック教会に赴任したビリヨン神父は、かつての大道寺跡地がどこにあったのか、熱心に調査を続け、山口の古地図からその位置を特定したが、そこは軍用地となってしまっていたので、その付近にあたる現在の公園の地を購入した。(参照:案内看板、『大内文化探訪ガイド No.1中世文化の里』)

なお、『山口市史 史料編 大内文化』によれば、発掘調査などの結果からも、この公園が、かつての大道寺跡地であると確定することは難しく、伝承地としての扱いとなっている。⇒ 関連記事:サビエル記念聖堂

サビエル記念公園・みどころ

サビエルの記念碑、ビリヨン神父の像、大内義長の裁許状がある。

サビエルの記念碑

サビエル記念公園記念碑

大正十五年(1936)十月十六日、建立。高さは約十メートルもある。花崗岩に銅板のサビエル肖像がはめ込まれている。建立当時のものは第二次世界大戦中に供出されてしまい、現在のものは昭和二十四年(1949)サビエルが山口に来て四百年という記念の年に、サビエル遺跡顕彰委員会の委託で彫刻家・河内山賢祐氏が作成したもの。

ビリヨン神父の像

サビエル記念公園・ビリヨン神父象

アマトリウス・ビリヨン神父は、フランス人。サビエルの事蹟を調べ、特に「大道寺」がどこにあったのか調査した人として有名。この場所がその跡地にあたるとの結論に達し、有志の方々の協力を得てこの土地を買い求めたという。中原中也の父・政熊も協力者のひとりであった。

この像は昭和三年(1928)に造られたが、やはり戦時中に供出されてしまい、現在のものは昭和二十七年の再建物。

大内義長の裁許状

サビエル記念公園・大内義長の裁許状

サビエルが山口を去った後、弟子・トルレス神父が後のことを託された。サビエルに布教の許可を与えた大内義隆は政変により命を落としたが、その後当主の座についた大友晴英(大内義長)もトレルスに対して布教を許可した。その裁許状を銅板に写したもの。同じものが、サビエル記念公園のところにもあった。

『大内文化探訪ガイド No.1中世文化の里』に、銅板文字の書き下し文を載せてくださってある。

 「周防国大内県大道の事 西域より来朝の僧 仏法紹隆のため 彼寺社を創建すべき由 請い望むの旨に任せ 裁許せしむの状 件の如し 天文廿一年八月廿八日」

サビエル記念公園(山口市金古曽町)の所在地・行き方について

所在地 & MAP

所在地 〒753-0000 山口市金古曽町4

アクセス

今八幡宮から自衛隊駐屯地があるほうに向かってひたすら歩いて行きます。自衛隊駐屯地よりなお先にあります(駐屯地は広大なので、位置的には真ん中ら辺という感じです)。

参照文献:大内文化探訪会様『大内文化探訪ガイド No.1中世文化の里』、『山口市史 史料編 大内文化』、案内看板

サビエル記念公園(山口市金古曽町)について:まとめ & 感想

サビエル記念公園(山口市金古曽町)・まとめ

  1. サビエルを記念して造られた公園
  2. かつてサビエルや弟子たちが布教活動の拠点とした大道寺跡地
  3. 大道寺は焼失して、跡地の場所も不明だったが、明治時代にビリヨン神父の調査によって場所が明らかになった
  4. サビエルの記念碑、ビリヨン神父の像、大内義長裁許状のレリーフなどがある

そもそも信仰するということに熱心でないイマドキの童にとって、寺院や神社よりなお、なじみが浅いのは教会かもしれません。教会で結婚式を挙げるなんてのも、お洒落でステキ♡ ってことで選択する人がいたり、クリスマスプレゼントに何が欲しいとか、サンタさんにお手紙を書いたりするのが当たり前になっていたりするからといって、= 敬虔なクリスチャンではないのが普通です。もちろん、知人なども含めて、信者の方は大勢いらっしゃいますが。

なので、山口に来てキリスト教が前面に出てくると驚きの連続です。日本で初めてクリスマスが祝われたのはどこか、とか、トリビアみたいに語られているのを聞いたことはありましたが。もう少し時代が新しくなると、切支丹大名みたいな人物が現われたりするわけですが、大内氏の時代はそれに先駈けており、あるいは南蛮人に対して好印象を抱かせて鉄砲大量に入手しようなんて打算的な意味合いもあったかもしれないそれらの「大名」とは違います(むろん、純粋に敬虔なクリスチャンとなった大名もおられたとは思いますが、その辺り知識がないため区別ができず、申し訳ございません)。それよりも、教科書で習う日本でのキリスト教普及が「切支丹大名」云々や「江戸時代の切支丹弾圧」等々の頃であると思い込んで久しかったのに、それよりもずっと早い時期からごく普通の一般庶民の方々が信者になっておられた、という歴史の真実に驚愕なのです。このようなところにも、山口の先進性を見て取ることができるんですね。

この公園が実際の大道寺跡地という学術的な根拠はないみたいですが、山口とキリスト教というテーマを学んでいる方々にとっては、サビエル記念聖堂と並んでまさに二大聖地といえるのではないか、と思います。でも、そうでない部外者からすると、普通の公園です。由来を知らないと、貴重な記念碑や銅像もナニコレ? となるか、そもそも公園の存在そのものに気付かないかもしれません。唯一謎なのが、大内義長の裁許状でして。なにゆえに、サビエル記念聖堂付近にあるものと同じものがココにもあるのか、ふたつも必要なのか、と考えてしまいました。それだけ重要、というように理解しました。

こんな方におすすめ

  • キリスト教の歴史に関心があります。
  • 山口といったら、カトリック教会を思い浮かべます。そもそも、信者です。

オススメ度


公園なので何もないです……。おまけに市街地から遠すぎます。「こんな方におすすめ」に当てはまる方にとっては、とたんにオススメ度が跳ね上がると思われるのですが。また、市街地に「サビエル記念聖堂」と山口カトリック教会さまがございますので、観光資源的にはそちらのほうが有名かつ、学びの場所ともなり得るので、二箇所も訪れる意義はどうしても薄くなってしまいます。
(オススメ度についてはコチラをご覧くださいませ)

五郎吹き出し用イメージ画像(涙)
五郎

俺んち、曹洞宗なんだけど、キリスト教って何? ここ、人っ子ひとりいないし、寒いんだけど……。

ミル吹き出し用イメージ画像(涙)
ミル

ミルは厳島神社を信仰してる。どなたもおいでにならないのは、雪がちらつく寒い日に訪れたことがわざわいしていると思ふ。

瑠璃光寺五重塔記念撮影
五郎とミルの防芸旅日記

大内氏を紹介するサイト「周防山口館」で一番の人気キャラ(本人談)五郎とその世話係・ミルが、山口市内と広島県の大内氏ゆかりの場所を回った旅日記集大成。要するに、それぞれの関連記事へのリンク集、つまりは目次ページです。

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鶴千代イメージ画像
藩政期・明治維新・現代の観光資源

大内氏について語るというメインテーマとは外れる県内の主要観光資源についてご紹介している記事の目次ページです。当然のことながら、毛利氏に関するところが多いので、広島県内の訪問済み箇所も混じっています。

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  • この記事を書いた人
ミルイメージ画像(アイコン)

ミル@周防山口館

大内氏を愛してやまないミルが、ゆかりの地と当主さまたちの魅力をお届けします

【取得資格】
全国通訳案内士、旅行業務取扱管理者
ともに観光庁が認定する国家試験で以下を証明
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