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花岡八幡宮(下松市)

2020年10月8日

随身門の写真

花岡八幡宮・基本情報

住所 〒744-0024 下松市末武上戎町400
電話 0833-44-8570
祭神 (主祭神)誉田別尊、息長足姫命、市杵島姫命、田心姫命、多岐都姫命
主な祭典 例祭(十月十七日)、祈年祭(二月十七日)、春祭(五月一 日)、新嘗祭(十一月二十三日)、夏祭(七月中旬)
社殿 本殿、幣殿、拝殿、向拝、神饌所、祭具所、瑞垣、水門、随神門
境内神社 高良社、塩竈社、大年社、住吉社、祇園社(須佐之男命)、菅原社 (菅原道真公)
主な建物 鳥居、狛犬、灯籠、亀趺碑、記念碑、手水鉢、 幟台、玉垣、末社、神庫、授与所、絵馬堂、資料館、常夜堂、手水舎、鐘楼、制札所、社務所ほか
特殊神事 一夜造白酒、冠殿者、随兵
奉納芸能 奉納子供角力大会(五月一日)
最寄り駅 周防花岡駅から徒歩10分
ホームページ https://www.hanaokahachiman.com/

花岡八幡宮・歴史

和銅二年(709)、三奈木某という人が宇佐八幡宮から勧請したと伝えられる。「一夜の中に山を桜となさむ」という御神託があり、御分霊が移ると、山が美しい花で覆われた。これが「花岡」八幡宮と呼ばれている所以である。

重源上人による社殿の再建があり、その後、長享三年(1489)、現在の地に移った。 戦国時代の頃、多くの社領を持つ周防国の大社の一つであり、境内には九つの社坊が立ち並んでいた。大内義隆や豊臣秀吉など、歴史上有名な武将たちにも広く信仰され、義隆による社領の寄進、秀吉の参拝が知られている。毛利家の崇敬も篤く、元禄十三年(1700)、正徳四年(1714)、延享元年(1744)、宝暦七年(1757)等、何度も社殿の修復をしている。また、都濃宰判の惣社とされ、御祈禱も行われた。現在の本殿は文政十三年(1830)、拝殿は文政元年(1818)の建造である。 

明治六年(1873)に郷社となり、大正十二年(1923) は県社に昇格。 昭和時代にも、様々な修復、増築、新築事業が行なわれ、境内の整備が進められた。

花岡八幡宮・みどころ

歴史が古く、多くの人々の信仰を集めた神社なので、社宝として伝えられている古文書類がとても多い。御鎮座地ゆかりの大内家、陶家、毛利家関係文書と豊臣家朱印状等九巻(九十七通)もある。そのほかに、扁額三面(長享三年)、鉄造鰐口(寛永元年)、青銅神馬(文化三年)、祭礼大絵馬(寛政九年)、大太刀(日本一の大太刀、安政六年、奉納品) があり、下松市指定文化財となっている。

地元の方にお話をおうかがいしたところ、初詣にはたいへん混雑するという。昔も今も、人々の信仰を集めている神社なのである。

随神門

随神門の写真

とても立派な門。「八幡宮」の扁額もくっきり。昭和五十三年(1978)~五十九年(1984)にかけて主な建物の屋根を板葺にする工事が行なわれ、こちらの門も板葺となった。創建年代等の由来はわからなかった。じつはこの神社、石段が長い。ここまで来るまでもかなり上っているが、この先もまだある。

拝殿

拝殿扁額の写真

拝殿の写真

重層入母屋造。文政元年(1818)に建立された。やや見づらいけれども、上の写真に見える扁額は従一位近衛忠熈卿の筆になるもので、「永受嘉福」と書かれている。

願かけの御馬

願かけ馬の写真

こうした馬を置いてあるところは少なくないが、なんと、こちらのものは願いを聞いてもらえるらしい。「この御馬は金毘羅宮にある神馬の兄弟馬であります。霊験があらたかで顔をさすりながら願い事をされるとよく聞き届けてくださいます」と書いてある。『山口県神社誌』のご本には、この神社の「社宝」として、青銅神馬(文化三年)があると書かれていたが、これのことだろうか。そうであるならば、下松市の指定文化財となる。

末社四座

境内社の写真

拝殿の左手奥に、四つの末社が仲良く並んで鎮座している。向かって左から順番に、大年社(大年神)、住吉社(住吉三神)、塩竃社(猿田彦命)、高良社(武内宿禰命)。

ミル

多宝塔については、閼伽井坊で紹介しています。

関連記事:閼伽井坊

花岡八幡宮写真集

アクセス

下松駅からタクシーを利用しました。駅から徒歩10分ですので、普通に歩けますが急いでいたので。

参照文献:山口県神社庁様『山口県神社誌』、下松市等自治体様HP

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