功山寺・最後の当主義長の墓がある寺院(城下町長府)

大内義長の墓がある寺院・功山寺

創建は後醍醐天皇の頃という由緒ある寺。
地元の方々の墓所に混じるようにひっそりと、
大内家最後の当主・義長の墓と伝えられる石塔がある。
所在地は毛利家の城下町、下関市・長府。

歴史も古く、周囲の景色も美しい寺院。
山門と仏殿がともに重要文化財。

山門


功山寺は十四世紀に建てられた古刹だが、名称や所在地、宗派は変遷した。
後に、長府・毛利藩主の菩提寺となり、大切に受け継がれてきた。
現在の山門は、江戸時代に再建されたもので、重要文化財。

仏殿


仏殿は「国宝」に指定されている。

回天義挙碑


功山寺は古式ゆかしいと同時に、維新の気質にも溢れたところだ。
高杉晋作氏ゆかりのものは、下関市内各所にあるが、ここにも。

名水


功山寺には名水の由来がある。
同じ水を、大内義長も高杉晋作も飲んだのだろうか……。
立場も時代も、主義思想もまったく違う彼らに共通するもの、それはいずれも、長寿をまっとうできなかった、という点である。
皆に愛されている高杉氏と違って、大内義長のほうは日陰の存在だが、生きている以上、人は水を飲まなくてはならない。
あるいは、ここに二人の接点があるのかもしれない。

大内義長の墓


大内義長の墓と伝えられる石塔。
石塔は三つあるが、中央が彼のものとすれば、両脇を守るように建つ小さな石塔は誰のものなのだろうか。

〒752-0979 山口県下関市長府川端1丁目2−3