ミル@周防山口館

ミルイメージ画像(アイコン)

大内氏を愛してやまないミルが、ゆかりの地と当主さまたちの魅力をお届けします
【取得資格】全国通訳案内士、旅行業務取扱管理者
ともに観光庁が認定する国家試験で以下を証明
1.日本の文化、歴史について外国からのお客さまにご案内できる基礎知識と語学力
2.旅行業を営むのに必要な法律、約款、観光地理の知識や実務能力
あなたの旅を素敵にガイド & プランニングできます
※サイトからはお仕事のご依頼は受け付けておりません※

野田神社&豊栄神社・入口

イマドキやまぐち

野田神社&豊栄神社(山口市天花)

2024/12/23

明治維新で多大なる功績をあげた毛利敬親公および毛利家の中で、最も偉大な先祖といえる毛利元就公を神格化してお祀りする神社。

新介イメージ画像

簡略通史

年代記 第二回:大内氏の経歴(在庁官人出身)

2024/1/17

大内氏簡略通史第二回。大内氏は周防国衙の在庁官人出身。それでは、在庁官人とはいったいどのような人たちをいうのか? 在庁官人なるワードが頻出し始める時代から、その実態と在庁官人大内氏の実力のほどについて。受験参考書レベルで OK 主義で語る。

築山大明神イメージ画像

雑録

築山大明神とは

2024/1/18

築山大明神とは、大内氏二十九代当主・教弘が神格化され、神として祀られていた時の神号。唯一神道で知られる吉田兼倶によって授与された。大内氏歴代や家臣たちに深く信仰されていたことで知られている。

妙見社(徳地)・案内看板

関連史跡案内

妙見社(山口市徳地八坂)

2024/2/10

かつてこの地には妙見社があったが鎌倉時代に焼失してしまった。その跡地にイチョウの木が植えられ、天然記念物の巨樹となった。現在も、オオイチョウの裏手に神社が鎮座しており、近世になって妙見社を再建したものと思われるが、社号碑などがなく詳細は不明。

陶窯跡・石碑、看板類

関連史跡案内

陶陶窯跡(山口市陶)

2024/1/17

大内氏分家の中で最も有名といっても過言ではない「陶」家。その名字の地となった「陶」の地にある国指定史跡です。古代史の受業で有名な土器「須恵器(すえき)」の生産地であったことが「陶(すえ)」という地名の由来ですので、ぜひ見ておきたい史跡です。

八坂神社(陶)・鳥居

関連史跡案内

八坂神社(山口市陶)

2024/1/18

山口市市街地にある有名な八坂神社ではなく、山口市陶にある八坂神社。現在は春日神社の境内社となっているが、大内義弘が勧請、盛見が祈願を行い篤く信仰したなど大内氏にたいへんゆかりが深い神社なので、単なる境内社とせず、一項目をたてました。

六角堂(1)

関連史跡案内

六角堂(山口市秋穂東中条)

2024/1/19

大内義弘が京都の六角堂を勧請したのが起源。大昌寺の境外仏堂で、二十一年毎のご開帳の際には、寺院にて盛大な供養が執り行われていたという。現在はひっそりとしていてやや物寂しいが、六角形のお堂はとても立派で、一見の価値あり。ただし、ただそれだけ。

庄方神社・ご鎮座地周辺の光景

関連史跡案内

庄方神社(山口市徳地堀)

2024/1/19

大内盛見が宇佐八幡宮を勧請したという。氷上山信光院にあったものを、明治時代初めに現在地に移転した。現地には社名碑もなく、詳細は謎に包まれている。水田の中にぽつねんと佇む社殿は、時期と時間を選べば最高傑作が撮影できる知る人ぞ知る絶好の被写体。

浄福寺・案内看板

関連史跡案内

浄福寺(山口市嘉川)

2024/1/19

役小角創建とされる長い歴史をもつ。一時期廃れてしまっていたが、応永年間に日誓が熊野三社権現を勧請して再建。大内義隆が再建するなど、大内氏の祈願所として栄えた。江戸時代に正福寺、明治時代に現在の浄福寺と改名されたが、人々の篤い信仰は変らない。

正福寺・観音堂(2)

関連史跡案内

正福寺(山口市小郡)

2024/1/19

大内弘世が開基で、大内氏の祈願所だった寺院だとされるが。それらしきものは何もない。山口市の指定文化財となっている観音像がたいへんに貴重なものだが、行ったところでご開帳に合せないと拝むことはできない。観音堂の堂宇にはいつでも参詣できる。