妙見宮鷲頭寺(下松市)

妙見宮鷲頭寺・基本情報

住所 〒744-0011 下松市中市1-10-15
電話 0833-41-1345
宗派 真言宗御室派
最寄り駅 下松駅から徒歩5分

妙見宮鷲頭寺・歴史

妙見「宮」・鷲頭「寺」という神社と寺院が一体化したかのような名称である理由は、この寺院が「神仏混淆形態」を維持しているためという。
神仏習合によって神と仏は一体化していたが、その後「神が仏に優越するという考え方が台頭して」、このような神仏が混淆した状態の寺社はだんだんと少なくなっていった。ただし、そのような傾向にあってもなお、混淆状態をとどめていた寺社もあった。
下松の妙見社は、上宮、中宮、下宮(若宮)の三社のほか、中之坊、宮之坊、宝樹坊、宝積坊、宝蔵坊、宝泉坊、宮司坊(のち改め鷲頭寺)の七坊よりなっていた。近世に入ると鷲頭寺以外の六坊はなくなった。こうして、妙見社は社坊として鷲頭寺が若宮に隣接するという、「三社一坊」という構成になっていた。
明治の神仏分離令で、若宮は鷲頭寺と分離して降松神社となった。神仏混淆状態の時、上宮、中宮のそれぞれ本尊であった虚空蔵菩薩と妙見大菩薩とは、鷲頭寺に移され、観音堂に安置された。
神仏分離政策に反対であったご住職は降松神社分離・独立後も、妙見「宮」鷲頭寺という名称を用い、神仏混淆の形態を維持しておられるのだという。

つまりは、降松神社と妙見宮鷲頭寺とが、まったく同じ北辰降臨の縁起(由緒)を共有しているのも当然のこと。両寺社は元は一つであったからなのだ。
(積年の謎が氷解)

降松神社の由緒には琳聖太子来朝の伝説と妙見社の名称が見え、鷲頭寺の縁起にも同じく琳聖太子について記されているが、やや異なる点もある。
鷲頭寺縁起では、琳聖が聖徳太子に謁見したこと、妙見菩薩像が当寺に移されて現在に至ることが記されている。

大内氏歴代が先祖伝説を創作した際、妙見信仰、聖徳太子信仰、仏教信仰の三点セットを意図的に盛り込んだはずだが、彼らはその後の神仏分離など夢にも思わなかっただろう。
北辰降臨の妙見社をこの目で見たいと思ったら、降松神社と妙見宮鷲頭寺は一緒に回らなくてはならないということになる。

参照:『下松市史 通史編』 「神仏分離と妙見宮」
(下松市/郷土資料・文化遺産デジタルアーカイブ)
https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11C0/WJJS02U/3520705100

妙見宮鷲頭寺・みどころ

参道入り口

参道入り口
庶民の生活と完全に一体化している感。

山頭火

種田山頭火の歌碑
種田山頭火さんが度々訪れていたらしく、歌碑が残る。
これは池の中に置かれたもの。ほかにも彼の足跡が残る。

本堂

わらじの功徳

仁王像と奉納されたわらじ
仁王像にわらじを奉納すると、足腰の不自由なかたに後利益があるそうで、ご覧の通り。

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