於児丸の室町カフェ

管領家の庭 登場間近!? 噂のあの人

2022年3月4日

ご注意

これはリハビリ用の noindex 記事です。
きちんと調べず、記憶だけで書いています。
※将来きちんと書き直すことがあればこの注意書きは外れます※

家名と血筋を重んじる誇り高き於児丸。

外様で「金儲け」に成功して潤っている大内庭園の連中などがのさばっている状態を、本当は好ましくないと思っている。

ミル

マジ!? それって、思いっきり「大悪人」細川家的思想じゃん!

五郎

大人しそうな顔して、目茶苦茶嫌な奴じゃないか!!

庭園の人々が目の敵にしている「細川家」。なにゆえここまで嫌われているかと言えば、目で見て分かるごとく(地図を見る!)、経済的利害の対立である。細川家は四国を支配している。良く見ると支配が及んでいない地域があり、そこは「目をつけられている」わけだが、まあ、ほとんどすべて支配下にあると言っても許されるだろう。(具体的には伊予が河野家の国)つまり、瀬戸内海の片側(四国側)べったり細川家の「もの(みたいな状態)」である。

それだけではない! 瀬戸内海本州側、畿内にもその支配地域はある。ちょうどいい感じでまとまっていて、実入りのいい場所ばかりではないか(今ちょっと領国を書こうとして参考文献が手元になかったから保留してる)。

瀬戸内から海外に出て行こうとすると、赤間関を通らねばならない。そこを「いやらしい」一族が取り仕切っているとなれば大問題。

誰にでも、虫が好かない人物というのは存在する。細川にとって大内は邪魔なだけなので、たびたび「嫌がらせ」をしてきた。その「嫌がらせ」が毎回、あまりにもハマるから、やられるほうからしたら、憎しみも倍増する。

ミル

嫌がらせの具体例はここには書いてないよ。まあ、大内道頓とか思い出して。

そんなわけで、二つの家は犬猿の仲なのだが……。

最も中が悪い細川勝元父子と庭園の主とはじつは縁者である。

嘉吉の変で赤松家に殺害された将軍・義教。そのとき「相伴」していた者のなかには、その場で殺害されたり、重症を負って命を落としたりしたものもいた。もの「も」いた、と書いたのは「大物も含め大半は逃げ出したにもかかわらず」犠牲になったから。こちらの庭園の関係者・大内持世が重症を負って命を落とした人であるが、その場で絶命した中に、山名貴煕という人がいた。名前からわかるように、山名氏の一門である。

じつはこの人、主様の外祖父なのである。

応仁の乱で主様が山名宗全側についたのは、宗全の孫という関係だったから、とされている。ただ、生母、つまり宗全の娘というのが、実の娘ではなく、養女であった、ということもそれなり有名。では本来は誰の娘だったか、といえばこの人の娘なのである。

そして、細川勝元と山名宗全の二人は、あれだけ揉めることになったものの、そもそもは舅と聟の関係で、最初のうちはそれなりに関係良好だった、ということもわりと有名。つい最近まで、こちらの宗全の娘は実の娘なんだろうと思っていたが、違ったのである。こちらも養女で、しかも同じ山名貴煕の娘であった。つまり、庭園の主と、細川政元とは、れっきとした「母方の従兄弟どうし」ということになるのである。むろん、山名貴煕と宗全とは親戚同士だから、仮に片方が実の娘であっても縁者には違いない。しかし、母親どうしが従姉妹ではなく、姉妹だったとなれば、我々の感覚から言えば、かなり近しい関係だ。

まあ、じつの親子兄弟すら揉めている時代に、「従兄弟」である、それも母方の従兄弟であることがどれほど重要な意味を持つのかどうかは分らない。

しかし、やはり「血縁」とか「縁者」というのはそれなりに重要なポイントなんじゃないかと思うのは、時にそのような関係が積極的に利用されることがあるからだ。

他ならぬ細川政元だが、応仁の乱で父・勝元らと敵対していた足利義視の息子・義材が将軍の地位に就くことに反対し、対抗馬として足利義澄を推した。最初こそ無視された彼の意見だが、その後、義材が追い出され、義澄が将軍の座についたことを思えば、「望み通りになった」と言える。

で、この義澄は、堀越公方・足利政知の息子。政元は彼との「つながり」を深めるためにか、その「母方の従弟」にあたる少年を自らの養子とした。これが細川澄之で、細川家とはなんの血縁もない公家の若君である。自らの一門でもなんでもない子どもを養子にしたことに何の意義があるのかと言えば、傀儡に立てた少年将軍とのつながり以外に何もないだろう。

こんなふうに、「母方の従兄弟」関係を利用してすらいる人物だから、自らの母方の従兄弟にどんな人物がいるのか考えたことがないとは思えない。

しかし、これだけ仲が悪いんだから、手を組むとか絶対にないであろう。

次郎

「細川」がここの連中に嫌われまくってることは分ったけど、とりあえず、現在の主と政元がこうまで険悪なのは何でだ?

卜山

お父上の仇一族なのだ。憎まれて当然である。

次郎

うへっ、なんで於児丸がいきなり成長してんのよ? 仇一族って……まさか、最後の一人まで許さないつもりか!?

宗景

父上の仇は討ち取らねばならない。族滅させるとまでは言わないがな。

次郎

あんた坊さんだろ? やべぇ話するなよ。俺も仇として追われている身だから背筋凍る……。於児丸のままならやり過ごせるが、成長したあいつはおっかねぇ……げっ……。

卜山

……。

ト・ホンホ

主殿のお父上は細川家&幕府軍との戦いに際し、その陣中で亡くなった。戦死ではなく病のためだが、国許で安らかに生涯を終えることはできなかった。

いやはや、これ以上ないくらい最悪の従兄弟どうしである。

最後に……。

庭園の主は祖父・山名宗全のために西軍に身を投じた、と書いたが、実際には違う。

そうであって欲しいとは思うが、本当は「単に細川勝元が嫌いだったから、その反対側についた」のが正しい。もしも、細川勝元と山名宗全が一派で、彼ら対そのほかの誰か、という争いだったら、どちらについていたかなど、予測できない。一つの考え方として、「京は遠いから不参加」もあったかもしれない、と思う。

「おじいさまのためならこの身を賭してでも!」

とか、多分言わない。

なにも主様が不義理なわけではなくて、そのくらい「細川家が嫌い」だからである。

たまたま気にくわない細川家をぶちのめす機会が到来した、しかも、自らの祖父のお声掛かりがあって、その対抗勢力に迎え入れられた、そういう流れだ。

もしかして、京の連中だけでちまちまやっていたら、十年も続かないで終わったかもね。

で、なんで於児丸が冒頭に出てきたんだっけ?

そうそう、於児丸はさ、お父上も管領家の庭園も失ってしまったから、結果的にひたすら父の仇討ちと将軍様の復職のために人生を捧げた、健気な若者、みたいになっているけどね、世が世なら、こんなところで下働きなんてしていないで、適当に細川政元かその養子と交替で管領やっていたような人物だよ、って話。

そうなっていたらば、普通に、大内みたいな海外貿易で金儲けしているような外様の田舎大名は……とか言っているに違いない、ってね。

新介

そうなの? そんなことが父上のお耳に入ったら、於児丸の身が危険だよ。

於児丸

そんな無礼な発言なんてしないよ。外様の田舎大名でも先祖がとつくにの王族……。

法泉寺さま

田舎大名とは?

於児丸

……。

ミル

ちなみに……タイトルが謎過ぎるけど、「噂になっている」のは於児丸じゃないからね。四月にはイラストが完成するからお楽しみに。

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