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忌宮神社・長門国二之宮

2020年10月8日

社殿の写真

忌宮神社・基本情報

住所 〒752-0967 下関市長府宮の内町1-18
電話 083-245-1093
祭神 仲哀天皇、神功皇后、応神天皇
主な祭典 例祭(十二月十五日)、春期大祭(5月15日に近い日曜日)、秋季大祭(十月十五日に近い日曜日)
社殿 本殿、幣殿、拝殿、参集殿
境内神社  八坂神社(素戔嗚尊外四十二座)、荒熊稲荷神社(宇賀魂神外三柱)
主な建物 神門、授与所、手水舎、社務所、宝物殿、稲荷神社授与所、神輿庫、 倉庫、神木逆松、鬼石、大燈籠、鳥居、各種石碑ほか
特殊神事 粥神供、奉射祭、蚕種祭、船相撲、数方庭、御斎祭
最寄り駅 長府駅からバス6分、城下町長府バス停から徒歩3分
公式サイト http://iminomiya-jinjya.com/

忌宮神社・歴史

仲哀天皇・神功皇后は熊襲討伐のために九州に下られたが、途中、七年もの長きに渡ってこの地に滞在なさった。そのときに政務を執られた行宮が豊浦宮で、この神社の起源となる。西征した仲哀天皇は筑紫・香稚で崩御されたので、神功皇后は武内宿祢に命じてその御遺骸を穴門(長門)に遷し、殯斂(=仮埋葬)させた。皇后自らは新羅に遠征するなど、天皇の遺志を継いで九州平定に尽力される。凱旋後、仲哀天皇の神霊をお祀りした社を、豊浦宮と呼んだ。
聖武天皇の御代、神功皇后の神霊をお祀りして忌宮と呼び、さらに、応神天皇もお祀りし、豊明宮という神社を建てた。応神天皇は仲哀天皇と神功皇后のお子様である。都合、豊浦宮、忌宮、豊明宮という三つの神社が「三殿別立」していたが、豊浦宮と豊明宮は中世の火災によって焼失し、忌宮に合祀された。なお「忌宮」はいみのみやと読み、「忌」は「斎」と同義で、「清浄にして神霊を奉斎する」という意味がある(参照:由緒看板、HP)。

「長門二の宮」とされる格式の高い神社で、貞観十五年(783)、従五位上の神階が授けられ、「延喜式神名帳」に記載される式内社となり、 弘長元年(1261)には神階が従三位に昇った。(参照:『山口県神社誌』)

仲哀天皇・神功皇后の西征伝説にちなみ、戦勝祈願の神として、武人の信仰を集めたほか、安産の神として庶民にも広く信仰された。

忌宮神社・みどころ

歴史が古い神社の宿命として、長い年月の間に火災や経年劣化によって何度も修繕が繰り返されてきた。現在ある社殿は明治十年七年(1877)再建のものとなる。『山口県神社誌』によれば、天徳三年(959)、正和四年(1315)、元弘元年(1331)、興国四年(1343)、 寛文11年(1671)に造営もしくは改築が行われたという(大内弘世も1365年に二の宮を再建、1367に遷宮しているというのをどこかで見かけたが、『神社誌』、神社HP、案内看板には記載がなく、今その出典となる書籍がどれだったか思い出せないので、しばし保留とする)。

保管されている文書類などの社宝がたいへんに貴重なもので、文化財が目白押しである。宝物館で目にすることができるものもあると思われるが、文書類については研究者向けで、観光客にはあまり需要がないものだろう。

国指定文化財:備中長船盛光銘太刀、無銘・伝則宗刀、紙本墨書豊浦楽宮奉楽和歌、「忌宮神社文書」二十八巻三冊(附 忌宮神社記録、忌宮神社境内図)、満珠樹林・干珠樹林
山口県指定文化財:狩野芳崖筆絵馬(奔馬之図・武内宿祢投珠之図・韓信股潜図)、
山口市指定文化財:備州住正廣銘太刀、能面、狂言面、面箱

拝殿

拝殿の写真

現在ある社殿は明治十年七年(1877)造営のものとなる。前年の火災ための消失により、再建された。これ以前の社殿に比べ、規模を縮小しての建立だった。(参照:『山口県神社誌』

さか松

神功皇后は三韓遠征に先立ち、七日七晩の戦勝祈願をされた。その際に、一本の稚松を逆さまに植えて戦勝を占ったという。逆さまに植えたにもかかわらず繁茂したことから、「さか松」と呼ばれた。ここにはその古木の一部が安置されているほか、付近には子孫である若松も生えている。(参照:説明看板)

数方庭と鬼石

仲哀天皇が豊浦宮にいらした時、新羅国に扇動された熊襲が攻め寄せてきた。味方は奮戦し、防ぎ戦ったものの、天皇を守護する将士まで討死するじたいとなった。天皇は御自ら敵方の新羅の将・塵輪を射殺した。驚いた敵は敗走し、味方は歓喜して塵輪の遺体の周りで踊り回った。これが、「数方庭」という祭の起源であり、また、「鬼石」は塵輪の首を埋めて覆った石と伝えられる。塵輪の顔が鬼のようだったことから来ている。(参照:説明看板)下の写真は、「数方庭由来碑」で、さか松のそばにあるもの。

荒熊稲荷神社

文化・文政年間、長府毛利家の藩主・元義が京都の伏見稲荷から勧請した。嘉永年間にこの場所に移築された。平成二年十一月には「御大典記念事業」として社殿の改築造営が行なわれた。ご祭神は宇迦之御魂大神。

十一月三日の例大祭に相撲が奉納され「長府の三日相撲」として有名であるという。そのゆえんで、相撲博物館もある。下の写真、三つの社の背後にあるのが、その建物。(参照:案内看板)

忌宮神社写真集

アクセス

長府駅からタクシーを使いました。城下町長府バス停を中心に様々な観光資源があるので、町歩きがオススメです。

参照文献:忌宮神社様HP、同説明看板、山口県神社庁様『山口県神社誌』

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