忌宮神社・長門国二之宮

忌宮神社

忌宮神社・基本情報

住所 〒752-0967 下関市長府宮の内町1-18
電話 083-245-1093
御祭神 仲哀天皇、神功皇后、応神天皇
最寄り駅 長府駅からバス6分、城下町長府バス停から徒歩3分
公式サイト http://iminomiya-jinjya.com/

忌宮神社・歴史

仲哀天皇・神功皇后は征西に際して、この地に豊浦宮を建て、7年間滞在したされ、それがこの神社の由来となる。皇后は征西中に筑紫・香稚で亡くなった仲哀天皇の神霊を豊浦宮に祀った。
のちに、聖武天皇の御代、神功皇后の神霊が勧請され、応神天皇もお祀りされたという。
以来、神功皇后をお祀りしたのを忌宮、応神天皇を豊明宮として、豊浦宮とあわせて三つの神社があったが、豊浦宮、豊明宮は火災によって焼失し、忌宮に合祀された。
なお「忌宮」はいみのみやと読み、「忌」は「斎」と同義で、「清浄にして神霊を奉斎する」という意味がある(由緒看板より)。

大内弘世は、1365年に二宮を再建、1367に遷宮を行っている。
現在の社殿は明治時代に建てられたもので、昭和時代にも再建されている。

戦勝祈願の神として、武人の信仰を集めたほか、安産の神として庶民にも広く信仰された長門国二宮である。

当神社に伝わる文書 372 通が「忌宮文書」として、重要文化財に指定されている。著名な歴史研究論文にも、たびたび引用される、極めて貴重な史料である。

忌宮神社・みどころ

拝殿

さか松


神功皇后様手ずから「さかさまに」お植えになった松。

鬼石


豊浦宮に攻め寄せて射倒された、新羅の武将・塵輪の首が埋められたとされる。「鬼石」という名前の由来はこの武将の顔が鬼のようであったからだという。

荒熊稲荷神社


文化・文政年間、京都伏見稲荷大社より勧請。嘉永元年に現在地に遷された。

相撲博物館


3つの社の背後の建物。

忌宮神社写真集