下関

下関はレトロクラシックな大都会。じつは、人口も県庁所在地・山口よりずっと多い。地理的に近いせいもあってか、何となく対岸九州の大都会・福岡をイメージしてしまう。

山口県といったら明治維新というイメージが全国区のようだが、ここは確かにそんな雰囲気。いわゆるハイカラな洋館というものを見かけた。

おおまかに区分すると、ポイントは以下五点。

源平合戦関連史跡

あまりにも有名な源平合戦だが、平家が滅んだ壇ノ浦が下関付近。対岸の門司とあわせて、源氏、および平家の史跡がある。壇ノ浦を周回する感覚で散策を楽しむ
みもすそ川公園、安徳天皇の陵墓や平家一門の墓がある
赤間神宮は下関。いっぽうの門司には源氏ゆかりの神社がある。
二県にまたがるが、併せて観光するのがおススメ。じつは、関門海峡はとっても狭く、下関から門司は目と鼻の先だ。

赤間神宮:平家一門の墓

巌流島

宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘で有名な巌流島に行きたい方も下関から。不覚にも今に至るまで知らなかった。マニアには垂涎の場所であろう。

ねえねえ、みやもとむさし、って何者?

知るかよ。俺らが死んだ後の奴らだろ。

ええっ、死んだ後……(呆然)

明治維新関連史跡

維新関連施設は県内随所にあるので、全部回るのはたいへんだろう。下関だけでも気が遠くなる。今回は市内のベテランタクシードライバーさんにお任せした。ご教授くださった貴重なお話の数々を総合すると……。
下関イチオシでファンも多いのは高杉晋作氏関連で、日和山公園では陶磁器製の像が街を見下ろしているし、なんと、桜山神社という彼を祀る神社まである。ここには桜山招魂場という維新の志士を供養するところもあって、吉田松陰氏と並んで高杉氏の石碑が立っている。元々松陰先生の人気はいつの時代にも衰えることがないから、二人合わせてお参りできるここは、夢のようなスポットと言えるかもしれない。

日和山公園:高杉晋作像

たかすぎしんさくって誰? どこの家中の者かな?

しつこいなぁ。もうほとんどが俺らが死んだ後の連中だ

僕たち、そんなに早死にしたの……?

そうじゃなくて……ここは五百年後の世界なんだよ……面倒なやつだな

グルメ&ショッピング

下関といったら「ふぐ」。地元の方々には、それだけではありません、としかられそうだが、承知の上です。グルメにはたまらないだろう。
それを見越して、現地にはふぐ料理はもちろんのこと、食通をうならせるすごい料理店が山とある。
それだけではなく、ちょっとしたコーヒーショップなども、これまたレトロクラシック。

下関と門司、さらに次に述べるビュースポットをセットにして、展望台だの、ショッピングセンターだの、ちょっとしたアミューズメントパークの様相を呈しているのだ。
可愛いふぐのストラップがお土産となっていて、ふぐは食べるだけではないことを知った。あまりの人気ぶりに空港はじめ、県内至る所に(?)ふぐの像が設置されていた。

日清講和記念会館にあった「ふぐの置物」

家族や恋人と愉しむ夜景スポット

夜景の美しい街、下関。火の山からも日和山からも市内を一望できるが、やはり火の山公園へ向かおう。展望台からももちろん、町中が見渡せるが、こちらは21時で閉まってしまうので、ラブラブタイムの方も閉館前までに辿り着こう。

火の山公園:展望

す、すごい橋だ……。これを使えば、九州探題の救出に向かうのにも船はいらなくなるね。

ああ、関門橋ね。イマドキの民は戦なんかしないから、そういう使い方はしないけどね。

下関といったら、赤間関として大内氏の歴史に何度も出てきた。正直、その知識しかなかったのだが、あまりの繁栄ぶりに驚いた。
まあこれも、当然の歴史の流れといえる。亀や鶴の時代から、九州への玄関口としてすでに開かれていたのだから、今も時代の最先端を行くのは当然のことだろう。赤間関から九州、太宰府、博多。そして、朝鮮半島へ。今のように飛行機で一っ飛びではなかった時代、人々は遙かなる海の向こうに、どんなに広く大きな夢を抱いたことであろうか。

なお、下関という地名の由来はかなり古く、昔は赤間関と呼ばれていたのだろうと勝手に思い込んでいたが違っていた。その頃から下関という呼び名もあり、下関というからには上関という地名もあったのである。
さて、上関は今何処?

下関市は観光にも力を入れていて、その無料パンフレットのボリュームと、公式観光サイトの充実ぶりと言ったらすさまじいものがある。
イマドキ、紙のガイドブックを購入して旅行に行く人はあまりおられないのかも知れないが、もし、購入を考えている方がいたら、ちょっと待った!!
市の観光政策課に連絡をして、パンフレットを郵送してもらうか、飛行場などで無料配布しているものをもらいましょう。数十ページにおよぶちょっとしたムック本レベルで、恐らくは購入予定の「山口県観光ガイド」の類で、下関市にはたった数ページしか(それでも多いほうだ)割いていないものとは比べ物にならない。