『足利直冬』

足利尊氏の長男。生母の出自が高貴ではなかったためか、父に認めてもらえなかった。
尊氏の弟・直義が養父となる。叔父のバックアップのお陰で居場所を得たが、実の父親には、最後まで振り向いてもらえなかった。
尊氏と直義が対立した「観応の擾乱」の頃、南朝、北朝と鼎立する第三の勢力として華々しく登場。西国と九州はますます混乱を極めることに。ただし、その栄華もほんの一瞬だった。

ミル吹き出し涙
ごめんね。読書ノートは本当に、「読書感想文」だから。

父から認めてもらえない

正直、足利直冬なんて人、僕はよく知らないよ。
これ、「ただふゆ」って読むのか。初めて知りました。
南北朝、観応の擾乱……こんな時代に生まれてないもん。

ところが、実はこの人、この庭園に関係あるのね。

そう言えば……。
南北朝のなんたら親王の伝記を読んだことがあったなぁ。
それこそ、「身についてない」から忘れてしまったが。
当時、九州では南朝勢力が優勢で、なかなか壊滅しなかった。
北朝(幕府)、南朝ともう一つ、三つ巴の勢力図となっていた時期があり、その第三の勢力がこの足利直冬だった。

庭園の先祖は元・南朝勢力だから、南北朝の頃は幕府から見たら敵側だったわけ。
ま、別に、南朝をサポートしたいと望んでいたわけではなく、対立していた厚東氏が北朝だったから、それとは反対のほうについたのだろう。
そんなところから、ちらほらと庭園の人たちの名前が全国区の歴史で太文字になっていったのがこの動乱期だよ。

直冬という人が、足利尊氏の息子だということは有名だけど、どういうわけかどうしても父親に「認知」してもらえなかったんだね。
かわりに、叔父である直義さんの養子になったんだけど。

於児丸の父上の従兄(畠山義就)も、同じく「出自の分らない女」の息子なのに「認知」されてるのにね。
将軍ともなるとダメなのかい? それとも奥さんがおっかない人だったの?

キャラ吹き出し
ちっ。俺の親父の悪口を書いてやがる……。血筋とか生まれとかどーだっていーって言ってるだろうが(怒)

そんなわけで、生涯父親から認めてもらえなかった彼だけど、叔父さんに優しくしてもらえたのなら、それでいいんじゃない?
でも、その叔父さんが実の父親と争って殺されちゃって(史実はどうなのかわからないけど、限りなく真っ黒)。
どこまで悲惨なんだろうねぇ。

この本を読んで正直、なんだかなぁという思いが最後まで拭い去れなかったね。
気の毒な生い立ち。
周囲の情勢に流されるまま歴史の表舞台に押し上げられ、いつの間にか消えた(あまりいい意味ではない)波乱の人生。
ま、歴史ってこんなものなんだよね。

いつの間にか第三勢力

直冬さんは「長門探題」なんて名ばかりの偉そうな役職を押しつけられ、体よく京を追い出された。
その後は主に中国、九州で活動し、途中役職が「鎮西探題」なんて名前に変わったりしつつ、最後は石見国で亡くなった。

そんなわけで、西国と縁がある人なんだよね。
最初に言ったように、九州は三つ巴。
南朝:征西将軍宮懐良親王
幕府(北朝):九州管領・一色道猷(範氏)
って対立していたところに、直冬が逃れて来た。

最初は長門探題ってくらいだから中国にいたわけだけど、京でのあれこれの政争で討伐対象指定になって命を狙われるようになった。だから、九州に逃げたんだよ……。

相容れない三勢力はそれぞれが優位に立つために、九州の在地勢力を味方につけようとした。
そこらへんが、とんでもなくいやらしい。
思い出すのは日和見主義の安芸の国人衆だけど、ここも同じ。
――――昨日は南、今日は北。
勢力図に少しでも変化が生じると、より強い側の傘下に入ることを望み、味方する相手をつぎつぎにかえた。
ただし、彼らにとってもこれは死活問題なので、そのことで非難するのはよくない。
なかには、身内同士で別々の勢力に与力して戦うことになった一族もいる。これは元々彼ら自身矛盾を抱えていて、互いにいがみ合っていた場合ももちろんある。
でも、そういう事実はなくても、あえて別々の勢力につくケースはあった。最後に勝ち残るのが誰であれ、一門のうちの誰かはその勢力と共に生き残ることになるからね。

南北両陣営の幹部たちは固定しているから、勢力を拡大するためには、これら流動的な連中をどれだけ沢山配下に取り込めるか、が重要となった。
ならば、このような流動的な人々を味方につけるためにはどうするか?

――――恩賞と所領安堵だ。

三勢力はそれぞれ、「力を貸してくれたのなら、恩賞は思いのまま」と好条件を提示して誘いをかけた。配下となって手柄を立てたならば、敵対勢力から切り取った土地を給付したり、申し出のあった土地を安堵してやったりする。
弱小で「浮動的」な国人層は、ころころと主人を変えるし、土地を奪われるくらいならば……とあっさりと敵に降参してしまったりする。
一度味方についてくれたからといって、安心はできなかったんだよ。

敵Aを倒したらA所有の土地Aは味方Bに給付する予定であった。
ところが、旗色が悪いと知った敵Aは先回りして降伏し、味方となってしまった。味方に誘う時、『土地安堵』は絶対条件としているから、味方となってしまったAの土地は没収できない。つまり、配下で活躍してくれている味方Bに渡すはずの恩賞の土地がなくなってしまうわけだ。
どうしよう?
仕方ないのでBに渡す約束だったA所有地はAのものと認め(取り上げていた場合は戻してやる)、かわりに第三の敵Cの土地を渡すことにする。
これとは真逆で、昨日までは味方だったBに寝返られてしまうケースもある。この場合は、Bに安堵もしくは給付した土地は取り上げて、別の味方への恩賞用にあてる。
……こうやって順繰りに調整していくが、敵味方ともに変動激しい中、なかなかうまくは調整できない。

ミル吹き出し怒り
もう目茶苦茶だよ

勢力の強さは京の政変などにも左右され、たびたび変動した。
弱小浮動国人層ならぬ大名クラスでも、それぞれの利害関係などで、誰につくかは流動的。

この頃、九州にいたデカい大名は
少弐、大友、島津、菊池ってトコ。
ほかに、「国大将」として日向・大隅に派遣された畠山直顕って人がいた。
さて、誰が誰についたんだろう?

まず、肥後の菊池は南朝勢力の親分。
それ以外は北朝側だった。
しかし、大勢いる北朝勢力の側には微妙な利害関係による亀裂が……。

そもそも直冬さんには誰が味方したんだろうか?
彼の側近と言われているのは、仁科盛宗という人で、ずっと傍にいたみたいね。
それから、畠山直顕さんも与党になった。

そして、ここでもまた「悪さ」をしているのが少弐だ。
太宰府が命より大事なこの連中は、こと太宰府がらみになると驚異的なこだわりを見せる。
九州の中心は大宰府だから、南北両方そこを目指す。
少弐家の当主・頼尚は自分が「九州管領・一色道猷」の指図を受けている状況を「何か違う」と感じていた。大宰府の主は我々ではないか?
つまらないことから不満を蓄積させていた彼は、ついに一色と袂を分かち、直冬の配下(こんなに自己中だから、『配下』だなんて思ってたか疑問だけど)となった。娘婿になってもらうほどのゴマすりぶり。

せっかく少弐を味方につけたものの、直冬の居場所はやはり九州にはなかった。一色道猷の総攻撃に遭った彼は長門に逃れてしまったのだ。
助けてくれたのは南朝側勢力の、豊田氏だった。
当時、大内、厚東、豊田が「防長の三名族」と言われていたのだ。大内弘世さんも彼の脱出劇を助けたらしい。

暫くは、長門の豊田氏の城にいたらしいけど、やがて石見に移動。
その後勢力が盛り返した時に、上洛までして、尊氏らに迫った。
でも、結局は、父にも異母弟(二代将軍・義詮)にも勝利することはできず、最後は石見で亡くなった。

直冬さんは七十代になるまで長生きをして、息子や孫もできたらしいけど、詳しい事は分からないそうな。
息子は偉いお坊さんとなった。
孫は後に嘉吉の変の際、赤松家に「将軍候補」として担ぎ出されることになる。

僕にはもはや、この人の最後なんてどうでも良くなった。
ここらの歴史で一番面白いのは、やっぱり大内家が南から北へ鞍替えしたところだよね(笑)。
しかし、もっとすごいのがやっぱり、少弐。

直冬は、大宰府で一色道猷と死闘を繰り広げている最中の味方・少弐氏を置き去りにして逃げたらしい。ここは詳細を語る史料がなく、先生方も「そうなんじゃないか」って思ってるレベル。だとしたら敵前逃亡も甚だしく、恥ずかしいことだみたいな話だったかな?

ま、読書感想文だからどうでもいいでしょ?

もはや風前の灯火となったとき、少弐家はなりふり構わず「宿敵」菊池家に助けを求めた。
南北は対立しているわけだから、直冬派として「北」と戦っている少弐と菊池とは、すくなくとも当面の敵ではない。南朝の雄・菊池氏は相談の上、少弐に味方することにした。
さしもの一色道猷も、菊池を味方につけた少弐の息の根を止めることまではできず、少弐家はなんとか持ち堪えることができた。
ほっとした少弐頼尚は大喜びで、今後七代にわたり、絶対に菊池氏と敵対することはない、と誓ったという。
だけど、「七代はおろか」「六年後」には、少弐と菊池はもう戦争になったそうな。
ほら吹きもここまでくると哀れを催す。

結局、主人公の直冬くんにも、感動することもなく、そこはかとなく哀れなだけだった。これは、ご本をお書きになった先生ご自身が、彼の事を「名将と称することができない」とはしがきから述べているくらいだから……。
とはいえ、そのような人物にも、こうやって一冊の伝記が書かれている、そのことが貴重であると思った。

以上、とりとめなくてごめんね。
そのうち、書き直す日がくるかも。
ま、足利尊氏とかの伝記を読むよりは面白かっただろう、とは思う。

読んだ本:瀬野精一郎『足利直冬』吉川弘文館

※読書ノートはミルによる「読書感想文」です。読み方が浅いゆえ、勘違いをしていたり、読み落としているところもあるかもしれません。
歴史的事象ととらえるよりも、低レベルの感想文だとご理解ください。
何回か通読した後、知識になれば、どこかにこの本が参考文献として載ることがあるかもしれません。