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ミル@周防山口館
大内氏を愛してやまないミルが、ゆかりの地と当主さまたちの魅力をお届けします
【取得資格】全国通訳案内士、旅行業務取扱管理者
ともに観光庁が認定する国家試験で以下を証明
1.日本の文化、歴史について外国からのお客さまにご案内できる基礎知識と語学力
2.旅行業を営むのに必要な法律、約款、観光地理の知識や実務能力
あなたの旅を素敵にガイド & プランニングできます
※サイトからはお仕事のご依頼は受け付けておりません※
【大内庭園・雅の宴】
2024/11/23
幕府が認めた大内氏最後の当主。実情は大内義隆を倒した叛乱家臣たちに担ぎ上げられた傀儡に過ぎないが。子孫は東広島で名家となった。
2024/11/5
須々万にあるかつて飛龍八幡宮の社坊だった寺院。明治時代にふたつの寺院が合併して現在に至る。沼城跡に近く、城主の菩提寺。
2024/11/3
江戸時代に錦川に架けられた五連アーチ式の橋。その姿の美しさ、当時の建築技術の高さへの驚きなどから、人々を惹き付ける名勝。
2024/10/29
鎌倉御家人・平子重経が源頼朝を供養するために建立したとされる寺院。寺号の由来は「源家久昌」。重経及び子孫の菩提寺となった
2024/11/2
元妙見社(現降松神社)の別当寺。神仏分離で独立した際、妙見菩薩はじめ仏教系の遺産を継承。神仏混淆した極めて珍しい寺院。
2024/11/8
大内氏第十一代当主。下松の妙見社を氏寺のある大内氷上山に勧請した人物として知られる。ただし、知られているのはその一点のみ。
2024/11/8
初めて多々良の姓を賜ったとされる八代当主。下松の妙見社(現降松神社)「和歌水」に、和歌を詠んだら清らかな水が湧き出したという雅な伝説が残る。
2024/10/1
明応年間の戦勝祈願五社詣での際、五の宮はこの場所にあった。「五の宮大明神」と呼ばれ、大内氏の信仰篤い神社だったが、明治時代に合併・移転。
2024/11/8
大内氏十六代当主。流刑地から帰国したことが『玉葉』に記され、多々良一族の実在が証明された記念すべき人。大内介という名乗りもここから。
2024/11/8
源平合戦の時にいち早く源氏に味方した一人として有名。東大寺再建事業のために下向した重源の杣出しを妨害したことでも知られる。