イマドキやまぐち

みもすそ川公園(下関市みもすそ川町)

みもすそ川公園
ミル吹き出し用イメージ画像(ガイド)
ミル @ SITEOWNER

源平合戦関連史跡を集めた公園です。

お詫び

この記事はリライト中です(未完成)

みもすそ川公園・基本情報

所在地 〒751-0813 下関市みもすそ川町1−1

みもすそ川公園・概観

下関市にある公園です。源平合戦関連史跡(?)壇ノ浦というのがだいたいこの辺りみたいでして、源義経と平知盛の銅像が立っています。

ほかにも、石碑類があれこれとある模様です。そもそも、源義経と平知盛って、一騎打ちしたのでしょうか? 「能登殿最期」で平教経さまから源義経が「逃げた」ところしか記憶にありません。平知盛は最後に御座船の掃除をして「見るべき程のことは見つ」と沈んでしまった人としか。そもそも『平家物語』はフィクションですし、さまざまな異本があるので、そのようなシーンもあったのかもしれません。

なお、これもガイドブックの知識ですが、源平合戦関連史跡で回っておられる方は、平家の関連では下関に赤間神宮がございますが、源氏のほうは、海峡を渡って門司の側に神社があるようですね(未見です)。

下関戦争の時、砲台が置かれていたことから模造品の砲台が設置されています。旅行ガイドブックによりますと、お金を入れると音が鳴るとかなんとか。試しておりませんので不明です。

時間の関係で、写真はすべて車窓からのものとなります。

ちなみに、『平家物語』には、安徳天皇を抱いて壇ノ浦に入水した二位尼こと平時子の「浪の下にも都のさぶらふぞ」という有名な台詞がございます(巻十一『先帝身投』)が、何種類もある版本のうち「延慶本」では、「今そしるみもすそ川の流には浪の下にも都ありとは」となっています。

車窓から見ただけですので、何とも言えませんが、みもすそ川というのはどこのことなのか、ぜひとも知りたいものです。入水したのが川のはずはないと思うのですが、壇ノ浦のどの辺りを指すのでしょうか。そのくらい調べてから記事をアップしろと思いますが、先ずはページを確保しときます(検索エンジンは通過しちゃうと思うけどね)。

なお、冒頭の、源義経と平知盛の一騎打ちの銅像についてですが、SNS でお世話になっている源平合戦研究家の知人は、両陣営のエースが一騎打ちしたという史実はないと仰っておられました。語り物だけではなく、各種の歴史書(古文書、一次史料含む)を多数調査しておられるのですが、今に至るまで、そのような事実があったという記述は見たことがないと仰っておられました。「語り物」系の本については、信憑性に問題があるため事実は思わない上で楽しんでおられます。史料が第一、読み本は二の次となるので、もしかしたら、彼がまだ読んでいない書物の中に、そのような記述があるのかもしれませんが(まずないと思いますが)。こんなシーンがあったらいいなぁ、というファンの願いをかたちにした、というものなのでしょうかね。このあたり、調べてみたいと思いつつ、放置したまま数年の年が流れました(いったん削除した記事を掘り起こしているため、実際の訪問期間は数年前となります)。

みもすそ川公園・みどころ

源義経の像

源義経の像

ミル吹き出し用イメージ画像(怒る)
ミル

源平合戦について極めているわけではないけど、ミルたちが読んでいる『平家物語』に銅像の二人が一騎打ちするシーンはなかったよ。これは別に、一騎打ちシーンというわけではないのかもしれない。次回はぜひ調べたい。

於児丸笑顔イメージ画像
於児丸

大切なのは源氏の大勝利に終わったと言うこと。平家側なんて誰を銅像化したっていいんじゃないの?

五郎吹き出し用イメージ画像(怒る)
五郎

お前、あまりに無礼だろう? 地元の方の思いが込められた銅像に誰でもいいなんて、適当なことを言うな。源氏は赤間神宮拝観禁止にするからな。門司のほうの神社に行けよ。

於児丸涙イメージ画像
於児丸

すみません……。

下関戦争砲台レプリカ

みもすそ川公園・砲台レプリカ

ずらーっと並んでいて壮観です。近世史、明治維新に興味ある方ならば興奮するでしょうね。

アクセス

下関駅からタクシーを使いました。

五郎吹き出し用イメージ画像
五郎

源平合戦とか俺とは無関係だから、通りすがりになってるよ。ミルがなんとなく淡々としてるのは、平教経がひいきなのに、銅像がないから。俺もこの人が一番好きだよ。

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