関連史跡案内

護国寺(防府市)

2020年10月8日

山門の写真

護国寺・基本情報

住所 〒747-0041 防府市本橋町2-11
電話 0835-22-3477
山号・寺号・本尊 摩尼山・護國寺
最寄り駅 防府駅から車5分
宗派 曹洞宗 

護国寺・歴史

案内看板がなかった(多分)ので、ご由緒はわからなかった。『山口県寺院沿革史』によればだいたいつぎのようなことが書かれていた。

「寛政四年(1792)火災により、本堂庫裡が全焼して古記録等を焼失したため、寺記は全く不明。創建年代は不詳ながら、開基は伊勢国の人・善室存慶座元で正保四年(1647)四月八日に亡くなったというから、元和、慶長、寛永頃の創建だろう。 正保年間、一亭存臺和尚の中興で、雲巌寺第五世・永歓和尚を開山に招いてその末寺となった。(雲岩寺は今の極楽寺と注があるけれど、雲巌寺と雲岩寺どっちが正しいんだろう?)  

元文五年までは宝積寺と号したが第三世洞水密翁代、寛保二年(1742)に護国寺と改めた。『巡検上使(江戸時代に将軍代替わりごとに派遣された役人)の御火除場(防火用空き地のことらしいけど不明)に御引あてに仰付 られし事ありといふ。』

寬政四年に焼失するまではすべての建物が完備されていたけれども、文政年間、玄海惠超和尚が本堂、 庫裡、観音堂、衆寮、本門等を再建した。じつに当寺院の中興と呼ぶべきであろう。それ以来、盛衰を続け、十九世。寺門は興隆し、現代となって寺門は益々振興しつつある。

寺宝 開山の傳衣一着、本尊延命地蔵尊、 一尺五寸、每年二回開扉。
本堂、庫裡、衆寮、本門、観音堂 (文政年間玄海惠超代の再建という)、位牌堂(明治二十年頃小学校校舍を移転改築したもの)。
宝物:雪舟筆 釈迦出山の絵像、曾我簫伯筆 達磨大師、勝海舟書一幅ほか数点」

護国寺・みどころ

種田山頭火墓所――墓、句碑、山頭火資料室
護国寺笠塔婆 県指定有形文化財

笠塔婆

笠塔婆の写真

そもそも、笠塔婆とは何ぞや? ということがわからない。石塔にも色々な種類があって、それぞれの部品(?)にも名称がある。せっかく大量の石塔類を見てきたので、これらについてはどこかにまとめたいけど、まず、「笠塔婆」についてだけ見ると、上図のようにいたってシンプル。

このような石塔というのは、たいてい誰かを供養するためだったりに立てられており、こちらにもきちんと供養者と供養される人のお名前が塔身に刻まれていて、「貞永元年(1232)、刑部氏が中子の供養のために」建立した、ということがわかっている(刑部氏というのは周防国目代だった阿部丞忠康)。

塔身に刻まれている梵字だけれど、説明看板のものをそのまま載せておくと、つぎのようになっている。

正面の種子。阿弥陀三尊。

梵字の写真

背後。

梵字の写真

さらに、側面には「空(ケン)風(カン)火(ラン)水(バン)木(ア)」の五輪塔が刻まれている。

このように、古い時代の石塔がそのままのかたちで残っていることはじつは珍しく、宝珠が取れてしまっていたりとか、不完全であることが多い。その意味で、たいへんに貴重なものなのである。しかもこれ、かなり立派なものであるらしい。県内では数少ないものとして、指定文化財となっている。(参照:説明看板)

次郎

こうやって残っていると、数百年後の人たちに、供養者や供養されている人の名前がつたわるわけね。俺の供養塔もどこかにないのかな……。

卜山

由緒ある名門の血筋なら、墓くらい残るはずだが。お前は「正統」ではないゆえ、我らの墓地には入れない。

次郎

何なのよ。調べもせずに。於児丸の父親の墓は正覚寺にあるけど、本人のはさて、どこにあるのやらね。

種田山頭火像

種田山頭火像の写真

種田山頭火

明治十五年(1882)1203-昭和十五年(1940)1011。大正昭和前期の俳人。本名正一。
山口県出身早大中退。大正二年(1913)萩原井泉水に師事し、自由律の俳句誌「層雲」で活躍した。種田家破産ののち、大正十四年(1925)熊本市の曹洞宗法恩寺で出家得度、耕畝と改名。以来「行乞放浪」の旅に出て、多くの句作を残した。自選句集「草木塔」 (参照:『日本史広辞典』)

種田山頭火さんは防府市八王子の生まれ。なので、元々ファンが多い方だけれども、防府の方々にはことに慕われている。市内には「山頭火ふるさと館」などもある。防府市に限らず、ゆかりの場所に句碑が造られていることが多いが、この寺院内には特にたくさんの山頭火句碑がある。そして、この寺門にはこんなに活き活きとしたお姿の像が建立されているのである。

種田山頭火の墓

種田山頭火墓の写真

各地を旅しながら句作を続けた山頭火さんは、山口に滞在したこともあったけれど、最後は愛媛県松山市の「一草庵」というところで、59歳で亡くなった。そのお墓が生まれ故郷の防府市にある。この寺院さまにある由縁がわからなかったけれど、これだけたくさんの句碑があることからしても、なんらかのゆかりがあるのだと思う。

子育て地蔵尊

子育て地蔵尊の写真

幼児を抱いて慈母の姿をした「安産と育児」の地蔵尊、と書いてあった。

護国寺写真集

アクセス

防府駅からタクシーを使いました。

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