桜山神社(下関)

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たまにはイマドキの案内もするよ

桜山神社・基本情報

住所 〒750-0061 山口県下関市上新地町2丁目6-22
電話  083-222-6735
主な御祭神 吉田松陰、高杉晋作など計391柱
最寄り駅 下関駅から車で5分、厚生病院前バス停から徒歩5分
公式サイト http://sakurayamajinja.com/

桜山神社・歴史

高杉晋作の提案で、維新の志士たちの霊をお祀りするために「招魂場」がつくられたのが始まり。招魂場は慶応元年(1865)に落成。その後、周防長門そこら中にあった同様の招魂場がすべてここにまとめられる。
そして、明治時代にこの場所に、桜山神社が建立された。祀られている神霊は合計391柱にも及ぶ。

桜山神社の名称は、桜の木が植えられたことに由来する。

「下関市内の数多い維新史跡の中でも、ことに重要な意味をもつ聖地」(桜山神社公式サイト)と位置付けられる。

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ところで……。高杉晋作さんって誰? 僕たちイマドキ近くの人たちを知らないんだ……。

コトバンク(kotobank.jp)で調べたよ。皆のほうが僕たちより詳しいよね。

高杉晋作 たかすぎ-しんさく
1839-1867 幕末の武士。
天保(てんぽう)10年8月20日生まれ。高杉小忠太の長男。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩士。松下村塾にまなぶ。文久2年江戸品川のイギリス公使館焼き打ち,3年奇兵隊の創設,第2次幕長戦争での幕府軍撃退など,尊攘(そんじょう)運動の先頭にたった。慶応3年4月14日下関で病没。29歳。墓所は東行(とうぎょう)庵(山口県下関市)。名は春風。字(あざな)は暢夫(ちょうふ)。変名は谷梅之助,谷潜蔵。号は東行。
出典:デジタル版 日本人名大辞典+Plus「高杉晋作」

桜山神社・みどころ

社殿

社殿
明治時代に造られたということは……わりと新しい神社ということになるよね。
でも、ほかの神社も、改築や修繕を繰り返しているので、ここより新しいところもきっとたくさんあるはず。
人気のある人だから、お参りに来る人も多いよね。

高杉東行狂生書の碑

高杉東行狂生書の碑
社殿の前にあるんだけど。これはすごいお宝です。
招魂場が落成した折、高杉さんはその時の思いを筆にしました。それを、刻印してつくったものが、この碑なんだ。実物そのままに、彼の筆跡を鮮明に見ることができるよ。

招魂場霊標

招魂場霊標
こちらが、招魂場。ずらっと並ぶ石碑に圧倒される……。高杉さんと、同じく維新マニアの人たちに慕われている吉田松陰先生の石碑とが並び合っていたよ。

付近の維新関連みどころ

高杉晋作終焉の地

高杉晋作終焉の地
高杉さんは志半ばにして、二十代後半で亡くなっている。病名は結核。当時は不治の病だったからね。

将来有望の若者の早過ぎる死……。本当に胸が痛むね。
もっと長生きしていたら、世の中はどんなふうに変わっていただろうか。

白石正一郎旧宅跡

白石正一郎旧宅跡
白石正一郎さんという人は、商人。多くの維新の志士たちを財政面でバックアップしたことで知られている。高杉さんもその恩恵を受けた一人。ここはその白石さんのお屋敷跡地。
高杉さんと言えば「奇兵隊」だけど、結成されたのはこの地だとされる。だから、白石さんのお屋敷跡地と同時に「奇兵隊結成の地」ともなっている。

この回を書くにあたって、「しものせき旅のコンシェルジェ 楽しも!」様を参考にさせていただきました。
なお、そちらのサイトにある「しものせき物語」は下関に関わりある人々について、関連史跡とともに、分かりやすくまとめられていてとてもおススメ。高杉晋作さんのほか、金子みすゞさん、巌流島と源平合戦についてのストーリーがあるよ。さらに「しものせきとくじら」というものも。
ここは一見の価値がある素晴らしい内容なので、ぜひとも目を通してみてください。

参考にさせていただいたページ
桜山神社様公式サイト:http://sakurayamajinja.com/
「しものせき旅のコンシェルジェ 楽しも!」様サイト内「しものせき物語・高杉晋作」:https://shimonoseki.travel/story/takasugi/index.html

桜山神社写真集