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厳島大明神信仰とは? 市杵島姫命と弁財天

2022年10月31日

市杵島姫命イメージ画像
市杵島姫命

今回は「厳島大明神」のお話です。厳島神社と呼ばれる神社は全国各地にありますが、「大明神」って何でしょうか?

神様というのは勧請できることから、全国各地にそのネットワークが広まっていきます。そして、神様のパワーというのは、分霊されたものであるから弱いとか、逆に、いろいろな場所に勧請されたから元の神様の力が弱ってしまうとかいうことはないのだ、と習いました。その意味では、全国にある同じ神様をお祀りしている神社は皆、まったく同じといえます。

そうはいってもやはり、勧請された本家本元、総本社とか総本宮とかいう神社がもっとも篤い信仰を集めたことは否めません。だとしたら、全国各地にある数えきれないほどの「厳島神社」の本家本元はどこか? もちろん、安芸国一の宮・厳島神社です。

厳島大明神とは?

『日本の神様読み解き事典』には、「厳島大明神」とは、「厳島神社の尊称である」と書かれています。ということは、特にことわりがない限り、昔の人々が起請文を書いたりするとき「厳島大明神」と唱えているのは、宮島の厳島神社のことなんですね。

義興さまのお館に祀られていた「厳島大明神」ももちろん、宮島の厳島神社に対する信仰というわけです。とはいえ、宮島ごとお館内に運ぶことはできませんから、勧請されたものにはなりますが。

厳島神社と宮島の歴史については、それらの記事を参考にしていただくとして(リライト中です、ごめんなさい)、信仰の対象としての「厳島大明神」について考えていきましょう。

市杵島姫命と宗像三女神

世界遺産・宗像神社に祀られた三柱の女神様。三人全員言えるかな?

 長女 沖津島比売命(田心姫神)
 次女 市杵島比売命(市杵島姫神)
 三女 多岐津比売命(湍津姫神)

これら三人の女神さまは、天照大神と素戔嗚尊が「誓い」の儀式を行ったときに生れ出ました。具体的には、天照大神が弟・素戔嗚尊の十拳剣を嚙み砕いて吹き出した息吹の中から生まれたのです。最初に生まれたのが、沖津島比売命、つぎが市杵島比売命、最後が多岐津比売命でした。神様に姉、妹とかあるかわからないけど。お生まれになった順番で勝手に姉妹にしちゃったよ。

これら三柱の女神さまたちは、それぞれ宗像大社の沖津宮、辺津宮、中津宮にお祀りされていることから宗像三女神と呼ばれ、それこそ、全国の神社に勧請されて篤く信仰されています。

それらの神社は、宗方、棟方、胸方とか微妙に名前が違っていたりすることもあるけれど、三人の女神様がおいでになれば、どこから勧請されたのかは明らか。

宗像三女神に対する信仰を、「宗像信仰」といい、その総本社は福岡の宗像大社。そのことを忘れずにね。

宗像三女神、宗像三女神と呼んでいるし、三柱一緒にお祀りされていることが多いのに、なんで、「厳島大明神」なんて呼ばれて、市杵島姫神だけが独り歩きしているんだろうか?

それは、この女神様がいちばんの美女だったからだよ!

五郎

へぇえ(⋈◍>◡<◍)。✧♡

ミル

そこに注目するんじゃない!

五郎

ちっ、俺が一番お気に入りの厳島神社の神様が一番の美人だっていうからうれしかっただけなのにさ。

最初に断っておくと、何も市杵島姫命以外の二人の女神様の人気がまるでなかったわけではないからね。厳島神社があまりにも有名になってしまったから、ちょっぴりかすんでしまったかもしれないけれど、ほかの女神様をお祀りしているお社もないわけじゃないよ(『事典』に載っているけど、お参りしたことがない神社だから書かないでおきます)。

まとめ

沖津島比売命(田心姫神)、市杵島比売命(市杵島姫神)、多岐津比売命(湍津姫神)を「宗像三女神」という。

「宗像三女神」への信仰を「宗像信仰」と呼び、全国各地に勧請されて信仰されたが、その総本宮は福岡の「宗像大社」

市杵島姫命と弁財天

じつは、市杵島姫命と七福神で有名な美女・弁天様は習合している。『記紀神話』にも出てくる宗像三女神は、どこをどうみても、日本古来の神様。だけど、弁天様は違うよね。

弁天様は弁財天、もしくは弁才天と呼ばれ、神様というより「仏様」。それが、市杵島姫命という神様と、またしても引っ付いてしまっている。

弁天様を弁才天とも、弁財天とも書くのは、おそらくこの神様が、芸術の神様であることと、福をもたらす神様であることからきている(と思う)。

弁天様が琵琶をもった姿で造形されていることが多いのは周知のことだけど、楽器を持っていることからわかるように、芸術の神様。なので、芸能人とか、芸術家なんかがお参りにくる。それと同時に、お金も儲けさせてくれるみたいで。それを「福」というのも、金さえあればいいのかい? って怒られそうだけど、だって弁「財」天だからさ。

弁天様への信仰が大流行すると、市杵島姫命の人気も鰻登りで、なんとなく、宗像三女神の中で一番の有名人になってしまったようだね。それと同時に、市杵島姫命をお祀りする厳島神社への信仰もたいへんに篤いものとなっていった。

まとめ

宗像三女神中一番の美女、市杵島姫命は弁財天(弁才天)と神仏習合した。

厳島神社は「厳島大明神」と尊称され、弁財天信仰とともに、厳島大明神の信仰もたいへんに盛んとなった。

厳島神社と大願寺

神仏習合していた神様はのちにわかたれてしまった。ということは、弁財天と市杵島姫命とも今は別々の神様になっている。神社には市杵島姫命が、お寺には弁天様がいるよ。

厳島神社に行くと、ご祭神は市杵島姫命とほか二人の宗像三女神のお名前が書いてある。弁天様はどこに行ってしまったんだろう? と心配になるけど、厳島神社の向かい、大願寺に行ったら、ちゃんと弁財天のお守りが売られていたよ。

ミル

ふは。これで大金持ち(⋈◍>◡<◍)。✧♡

五郎

(俗物め)

弁財天には「福徳財宝」を司る神様としての御利益もあるのです。財宝を得るためにお参りすることは、もちろんありです!

まとめ

神と仏が分かたれても、市杵島姫命は厳島神社で、弁財天は大願寺で宮島の中でともにお参りできる。お守りもそれぞれ売っている!

市杵島姫命と弁天様も芸術の神様。さらに、弁財天には福徳財宝の御利益もある。

日本三大弁天

市杵島姫命と弁財天はわかたれてしまった、と書いた後から、「日本三大弁財天」なんて書いているとなんだかとても奇妙な気分だけど、厳島大明神への信仰が篤かった当時、弁財天信仰もそれはすごいものだった。市杵島姫命の本地は仏神の弁財天と考えられていたから、神様と仏様が混ざっているなんて不審に思う人なんていなかったわけだし。

八幡宮の時は「日本三大八幡」だったから、今でもそのまま使えそうだけど、弁財天は明らかに厳島神社とは関係なくなってしまった現在、この呼称が使えるのかどうか。何しろ、○○弁財天社はすべて、厳島神社になってしまったからね。そこらの事情は、祇園社が八坂神社となり、牛頭天王がいなくなって、素戔嗚尊が残ったのとまったく同じだ。

三大弁財天

厳島神社、江島神社、都久夫須麻神社(竹生島)

江島神社には行ったことがあるのですが、不思議なことに、人々はフツーに弁天様の神社としてお参りしているようでした。そもそも、市杵島姫命とか、宗像三女神なんて言っている人はあまりいなかった気がします(神社公式ではそうなっているけれども)。

江の島駅の写真

五郎&ミル@相模国江ノ島

江島神社の写真

江島神社・辺津宮

江島神社には恋人同士で行ってはならないというジンクスがあり、その理由は美女の神様である弁天様が妬いてしまい、その祟り(?)で、カップルは分かれることになっちゃうから。冗談だと思っていたら、この話、『神様事典』にもきちんと載っていました。

七福神の中の弁天様

弁天様が出てきたついでに、七福神のお話もしておこうと思います。現在、七福神といわれている神様はつぎの人々。

 恵比寿
 大黒天
 弁財天
 福禄寿
 寿老人
 毘沙門天
 布袋和尚

じつは、この七人の神様が「七福神」として「固定した」のは江戸時代のことだった(『日本神さま事典』)。七福神というものが信仰されるようになったのは室町時代くらいからだというけれど、最初は恵比寿、大国の二人の神様を中心に、天宇受売命、毘沙門天。そこに、布袋、寿老人、福禄寿あたりを加えるようになっていった。

ところが、竹生島の弁財天信仰がものすごく流行するようになったから、天宇受売命は弁財天に置き換わってしまったという。

五郎

あああ、『平家物語巻八』に「竹生島詣」があったね!

ミル

そうなんだけど……。

琵琶の名手、平経正は合戦に赴く途中だというのに、雅な心が起こって竹生島に詣でた。そこには、弁財天が祀られているのだけど、神仏習合しているその弁天様は、仏様でもあり、神様でもある、なんとも霊験あらたかなお方。同じく琵琶の名手であられる弁天様の前で一曲奏でると、なんと楽の音に感激した竹生島大明神がそのお姿を現した。経正は感激のあまり、歌を詠んだ:

 ちはやふる神のいのりのかなへばやしるくも色のあらはれにける
(合戦に赴く途中ってことは、演奏には当然、戦勝祈願の祈りが込められていたのですね)

ミル

でもここの大明神は「浅井比咩命」という神様で、市杵島姫命ではないの。だけど、弁才天の垂迹だって……。

五郎

すいじゃく、って?

ミル

本地の反対。市杵島姫命が弁財天という仏神のお姿をお借りしているとき、市杵島姫命の「本地」は弁財天である、っていうけど、弁財天の側からみると、市杵島姫命は弁財天の「垂迹」だっていうの。

五郎

……。

まあ、言葉は覚えなくていいと思うよ。さて、七福神の話まで引きずってきたのは理由があり、福禄寿、寿老人というのは北極星を神格化したものである、ということが言いたかったから。つまりその意味では、妙見菩薩さまと同じだね、ってことです。この二人の神様はキャラが被ってしまっているため、寿老人を吉祥天と置き換える場合もあるそうです。

まとめ

弁天様は七福神の中にも入っている。

神仏習合の時代は終わったが、いまなお、弁天様の面影を色濃く残している神社も多い。

参照文献:『日本の神様読み解き事典』、『日本の神さま事典』

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