外戚

現状、皆さん本家サイトに引っ越したため、この記事は空っぽになっています。将来、このテーマでまとめたいと思い、残しています。
内藤隆世
陶隆房の妻の弟。本家サイトの「内藤氏」記事に引っ越しました。
内藤氏も内部対立が深刻だな。同じ身内で「叛逆」と「帰順」に分かれている。
そもそも、『実録』のこの分類法にも問題があると感じるこの頃です(というよりも、最初から違和感半端なかったです)。
益田氏
始祖は関白藤原忠平九代孫・国兼。国兼の曽孫・兼高が鎌倉御家人となって石見押領使として土着。南北朝期以降から活躍。七尾城本拠に益田周辺を支配した。永久年間、石見国一宮に下向し御神本(みかもと)と称した。益田兼恒が初めて美濃郡益田に移り、御神本を改めて益田氏となる。八代越中守兼見(兼恒七世孫)から大内氏に従った。
藤原忠平‥‥国兼‥‥兼恒‥‥兼見 ⇒ 兼理(兼見曽孫)⇒ 兼堯 ⇒ 宗兼 ⇒ 尹兼 ⇒ 藤兼 ⇒ 元祥
陶家との関係:兼堯の娘 ⇒ 弘護室、陶家の娘 ⇒ 宗兼室
我らの外戚として、もっとも親密だったのは石見の益田氏だが、今はまだその辺りがまとめられていないようだな。
すみません。貧乏暇なしでして……。
我らの母上についても書かれておりませんね。
ごめんなさい……。
人物についてはコチラ

陶のくにの人々
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