陶長房

可愛いなぁ……これがあの人の血を引く若君か……(遠い目)

 

誰なんだ? 使えそうにないひ弱な子どもだな

偉大な人物の二代目は辛い。
これ、どこの世界にも、どの時代にもあるけど。
恐らくは大内家のれいの人もそれだね。
お父上は、七カ国の太守と呼ばれ、悪者に地位を追われていた将軍様の復職を助けたりした英雄なのに。
まんま、その広大な領国を受け継いだ二代目はダメダメだった。
どうでもいい、風雅の才には長けていたんだけど……。

あ、それは、この項目とは関係ないよ。
要するに、親子で似てるっていっても、なかなか難しいんです、ってお話。

そもそも、五郎様もそのお父上と比べたら、イマイチだったっぽいというのが僕の感想なんだけども。
ただそれは、主との主従関係にも問題があって、上司に恵まれなかった、の一言。

さて、長房はやはり無名。
とりあえず、最後の一人、ってことくらいで、知っている人がチラホラ。
大好きな父上が厳島で毛利の馬鹿……い、いえ、毛利家との戦に敗れて亡くなられた時、まだ十七歳とかそこら。
よく、イマドキと昔では年齢の感覚が違う、って言うけど、それはその人物と、置かれた状況にもよるよ。
確かに、中世の十七歳はもう立派な大人。だけど、まだまだ経験が浅いよね。
これから、お父上とともに、政務や軍事を実戦形式で学んでいこう、って年頃だ。

彼から見たら、曾祖父にあたる、弘護様などは、その点肝っ玉が据わった傑物だったね。
応仁の乱で活躍したころは、まだ十代半ばだったから。
十三でお父上をなくし、十五、六で大軍を率いて敵をなぎ倒した。
二十歳前で、分国の家臣筆頭に。
こんなん、誰でも出来る事ではないんよ。

さらに言うと、こういう「出来過ぎた父」の下は、「大物」が育ちにくい環境だね。
何しろ、本人が偉大過ぎて、なんでもやってしまうから。
猫の手ならぬ、優秀な我が子の手も借りて、やっとこさ領国を治めていた、なんてダメダメな殿様の子は強く育つさ。
もちろん、出来すぎた父が、子どもの教育にも熱心で、目茶苦茶に厳しく躾ければ、親子二代の傑物も育成可能。遺伝的要素からいっても、「出来る子」が生まれる可能性大だもんね。

しかーーし。
五郎みたいな、生意気でエラそうな性格からいって、子どもの教育なんかに力を入れるとは思えないなぁ。

Name
ん?

お父上の陰に隠れて、乳母日傘で大切に育てられた若君様は、思いがけない父上の早過ぎる訃報に面食らって、錯乱したんじゃないかと思う。

だってさ、そのくらい、なすすべもなくやられてるから。

僕がこんな風に適当なことだべってるのも、取り立てて通説みたいなものがないからだよ。
そこそこ優秀であったことは間違いないけど、時代の波には抗えなかった。
それだけ、毛利元就がいやらしかったわけだけども(褒めてるからね)。
普通の百戦錬磨でもなかなか防ぎきれない破竹の勢いの相手に、経験値ゼロで、父上の死のショックから立ち直れていない幼い二代目がかないっこないって。

具体的には、毛利家が若山を落とした際には、城内にはすでに「遺臣」しかおらず、長房は菩提寺・龍文寺で亡くなった後だった。
生前のお父上と曰く因縁のあった杉家の者に追いつめられたためで、そのことは龍文寺の項目で書いているよ。

お寺の説明板によれば、住職の勧めにより、自殺したってあるのだけど……。
(このケースあるある。大寧寺でも似たようなエピソードになってる)
いわゆる、西洋人だとか、倭国の民でも歴史マニアみたいのが、武士道の麗しさだとか、散る花の哀れとかにやたら感激するけど、あれは、実際には近世以降に確立された思想だって通説だね。

ただし、それ以前にも、いわゆる武門の名に恥じない、って考え方はあったんじゃないかと思う。ただし、それも時代につれて変化するものだよ。
例えば、源平の頃は、名乗りをあげて一騎打ちをして云々みたいなのがルールだから、そういうことをしている人を脇から弓矢で狙い撃ちとかあり得ん話だった。
でも、太平記の頃、楠木正成って人がそのような古式ゆかしい戦術を取っている人たちから見たら驚くべき戦法を取った辺りから全然違う世界。

それでも、「恥」ってものは確かに存在したと思うんだ。
よく、敵の手に落ちるくらいなら死を選びます、ってあるよね。それだ。

少し前に、厳島から対岸の本土まで、近いところは大した距離ではないのに、どうして陶は泳いででもいいから国へ帰ろうとしなかったのか、って質問をされたことがある。その人が言うには、俺だったら、恥も外聞もかなぐり捨てて絶対に泳いでも戻る。命あってこそだ。ゼロからでも生きていればやり直せる。

って言うのだけど、これははっきり言って、イマドキの人ならではの発想だね。
そもそも、そういう「恥も外聞もない逃げ方をしない」とは限らないので、敵はしっかりと海路を見張っているから、不可能。
万歩譲って、見張りが手薄だったと考えても、「絶対にやらない」から。

生きるためなら、素っ裸になって泳いで帰ることもいとわない、とか、そんな思想ないのよ。
大好きな韓流時代劇で、「卑しい者」は我慢強い、とか辛抱強いとか「エラい両班」の高官などが連発する(←発話者が悪人のケース。両班が全員悪者ってことではなく、典型的な身分制度万歳型仇役の台詞に多い)。身分制度がある時代、そこらの一般の民なら平気でやれることも、「身分ある人」にはできなかった。
この辺り、イマドキの民からは絶対に理解できないよ。
まあ、倭国には未だに「恥じらい」の文化はあると思うのだけれど、地を這ってでも生き抜いてみせる!! って頑張り屋が、後に大逆転、大成功するってのは、この時代の「身分ある人」には当てはまらないです。
もし、それが出来る人がいたとしたら、相当な変わり者。

素っ裸でも泳いで逃げようなどとは、ぜったいに想像すらしません。
そんな屈辱に耐えられるはずがないでしょうが!!

もちろん、素っ裸になって泳いで逃げる人を軽蔑したりはしていません。
誤解しないでください。
単に、そういう「みっともないこと」は五郎様には似つかわしくないので。
イマドキの図太い方々には、むしろ「逃げないこと」のほうが奇異に思えるようでしたので、ここではっきりと申し上げておきます。

イマドキのアイドルだって、イメージを壊さないように、絶対に「一般人」の前でやってはならないことがたくさんあるでしょう?
事務所の人に厳しく言われているだろうし、ファンの側からも、

えーー、そんな○○ちゃん(君)の姿、想像できないーー

て、あるでしょうが。

ここはファンクラブで、僕はその管理者です。
アイドルのイメージを壊すような発言をした方に対し、この場を借りて厳重に注意喚起した次第です。

さて、話を戻しますけど……。
なので、あれこれ考えて、もはや勝つ見込みがないと分かったら、捕まる前に死を選ぶのさ。
当主が十七歳の子どもだから、お坊さんが出て来て教え諭したんだろう。

無論、こういうことは、敵との駆引きなので、家来Aの身分なら、命まではとられないなら、「降伏する」という選択肢も。
だけども、親の仇や、嫌らしい相手との交渉で、譲歩するという可能性はゼロだ。

ちなみに、厳島でのことは、もはや奇襲を受けた時点で、死を覚悟したと言われてる。でも、上のイマドキの人みたいに、何としても生きて帰ってください。命に代えてもお守りします。って家来がその時はまだ生き残っていたので、一応、逃げ道を探した。

どこをさがしても船がなかったため

って通説はそれを言ってる。

幸薄い若君は、無事に成長できたら果たしてどんな大人になっていたのだろうか?
思うに、どうも内藤家の血筋には問題があるので、へろへろな青年になっていた可能性が大だね。
何か恨みがあるのかって? あるけど、ここでは言わない。

大内義隆がなして、あのようなへなへなになったか、について、著名な研究者の先生が、母方の遺伝だろう、みたいに片付けていたのが、あまりに可笑しくて。
だけど、本当にそう思うよ。
世の中、説明できない事には、信じられない仮説で終了するしかないからね。