みやじま・えりゅしおん

速谷神社(広島県廿日市市)

2023-03-20

速谷神社・楼門
速谷神社楼門前にて

広島県廿日市市上平良の速谷神社とは?

速谷神社は、成務天皇の御代、安芸国造となった飽速玉男命をご祭神とする、非常に歴史が古く、格式が高い神社です。延喜式神名帳では、厳島神社よりも格式が高い官幣社でした(厳島神社は国幣社)。

厳島神社が安芸国一の宮となると、その摂社扱い、御祭神もその従神とされるような時期もありましたが、それでもなお、高い格式をもつ由緒ある神社として、厳島神主家、大内義隆、毛利元就などから寄進を受けるなどしました。この時期の作品とされる狛犬や、紙本墨書大願寺尊海文書(大願寺領作務帳)が広島県指定の重要文化財となっています。

江戸時代になると、度重なる火災で焼失するなど、一時期衰退しましたが、藩主・浅野家から篤く信仰され、保護されました。現在も、交通安全の神様として全国的にも有名であり、人々に親しまれ、たいせつにされています。

速谷神社・基本情報

御祭神 飽速玉男命
社殿 拝殿、本殿、祓殿、直会殿
主な建物 鳥居、楼門、手水舎、車祓所、神門、儀式殿、神楽殿、斎館、神宝館、笑う狛犬など
境内社 稲荷神社、岩木神社
主な祭典 ※神社さまHPにてご確認くださいませ
神社さまHP https://hayatanijinja.jp/

速谷神社・歴史

格式の高すぎる神社さまによくある「神話」時代の創建となります。「成務天皇の御代」というのは、仲哀天皇、応神天皇より前です。受験参考書に出てくる雄略天皇が、=倭王武として、実在した確認が取れているとなっていますけれど、それ以前は神話の世界で、謎に包まれております。つまりは、古すぎてわからないくらい古い、ということになり、推古天皇の時代に、神烏のお導きで社殿が建立された厳島神社より、ずっと古いということになります(ただ、佐伯鞍職が厳島神社を創建した際、市杵島姫命さまは『わたくしはこの島に住む神なのです云々』と語っておられたので、社殿はなくとも神さまはずっと前から島にいらしたわけでして、それが成務天皇以前だったりするかも知れないですが、ここはもう、それこそ古すぎてわからないですね)。

飽速玉男命って?

御祭神の飽速玉男命という神さまですが、初めて拝見するお名前ゆえ、持っているすべての神様事典と日本史事典で調べましたけれど、お名前が出てきません。どうすれば? となりますが、神社さまHPにつぎのようにありました。

飽速玉男命は、古代、安芸国を開かれた大神です。成務天皇の時代に、安芸国造(あきのくにのみやつこ)を賜り、広く国土を開拓し、産業の道を進め、交通の便を開き、安芸国の礎をつくり固められた安芸建国の祖神です。
出典:速谷神社さまホームページ https://hayatanijinja.jp/profile/index.html

ちなみに、「あきはやたまおのみこと」とお読みします。

「国造」とは「大和朝廷」が全国を統一していく過程で、その支配下に取り込まれた地方豪族などが任命されたと習いました。つまりは、大昔の安芸国を治めていた地方の有力者であると思われます。大和朝廷、つまりは天皇家直属の血縁者などではないため、記紀神話に載っておらず、それゆえに神様事典類にお名前がないのでしょう。そうした地方の有力者は、その国の祭祀などを取り仕切る例もあったと歴史事典類の説明にありますので、のちに神格化され、格式高い神社の祭神となっていることも普通に頷けます。おそらく、広島県史などをお読みすれば、古代史それ以前についても詳しいはずですが、持っていないため世間一般の知識としての想像です。

文字史料による典拠を提示できず申し訳ありませんが、速谷神社さまのHPに詳しいご案内がありますので、そちらをご参照くださいませ。

厳島神社よりスゴい神社さま?

かくも悠久の歴史を有する神社さまなので、その格式の高さは言わずもがなです。延喜式神名帳式内社になっているなんてことはもう、言うまでもないでしょう。ある意味、厳島神社より由緒があるとすらいえます。実際、そもそもは厳島神社と同等、それ以上の格式でした。

それについては、神社さま境内にある文化財説明看板にも記述がございます。

速谷神社・文化財説明看板

残念ながら、手前の樹木が邪魔となり、肝心なところが見えませんので、文字起こしをしておきます(見えないので推測しており、看板説明文と完全に一致していない可能性がございます)。

「速谷神社は、 安芸国の成立にかかわる飽速玉男命を祭神としている。平安時代の延喜式に「名神大社、月次新嘗」と あり、 安芸国のうちで最も高い社格をもつ神社であった。 大正13年には国幣社に列せられたが、 現在は安芸国の総鎮守で、 交通安全・延命招福・殖産興業の守り神として信仰されている」(文化財説明看板・一部推測により補充)

延喜式に載っている、という話は由緒ある神社さまの説明看板にはたいてい書いてありますが(載っていればですが)、「月次新嘗」というものが何なのかわかりません(ごめんなさい※)。重要なことは「月次新嘗」と書かれていたのは、安芸国ではこの神社さまだけであった、つまり厳島神社には「書いていない」ということです。要は、延喜式の時代には、速谷神社のほうが、厳島神社よりも格が上だったということでしょう。
※この件については、神社さまHPに詳しいです。ぶっちゃけ言うと、官幣社か国幣社かの違い。「月次新嘗」の記載があるのは官幣社、ないのは国幣社。つまりは速谷神社さまは官幣社で、厳島神社は国幣社ってこと。官幣社と国幣社については他所に書いた気がするけど、朝廷から幣帛もってくるか、国司がもってくるかって違いで、当たり前だけど、国司に丸投げせず、朝廷自らのお使いが来る神社の格式がどれだけ高いかは言うまでもありません。

平清盛が厳島神社にあれほど入れ上げなかったら、安芸国一の宮となっていたのは、こちらの神社さまだったかもしれません(典拠なし)。時の権力者の庇護を受けて大いに賑わうことになった厳島神社に圧されたためか、一の宮・厳島神社につぐ、二の宮とされたり、厳島神社の摂社扱いとされてしまった時代もありました。その当時は、速田大明神とも呼ばれ、あろうことか、厳島神社の「従神」である、とされたりしたそうです(『広島県の歴史散歩』)。

中世以降~現代

何でも寺社に寄進しまくる大内義隆は、この神社にも太刀と神馬を寄進しています(天文十年、1541)。『広島県の歴史散歩』によれば、ほかに「社田」の寄進もあった模様ですが、それも義隆期であるのかは不明です(神社さまHPの『武家からの信仰』には義隆しか書いてないから全部この人でしょう。多分。法泉寺さま(政弘公)とか聞いたことない)。厳島神主家の藤原教親が梵鐘を(文明十一年、1479)、毛利元就も屋根の上葺料を寄進しています。

江戸時代には一時期衰退し、火災によって社殿が焼失するなどの不運もありましたが、のちには広島藩主・浅野家に深く信仰され、手厚く保護されました。大正十三年 (1924)、 国幣中社となりました。

現在は「交通安全」の神社さまとして、地元の方々に親しまれています。この「交通安全」の神さまということについてですが、「交通安全」のご利益がある神さま、神社さまは特に珍しいことではないと思います。しかし、ガイドブックなどにさらっと書いてあるこの「交通安全」の神社って点は全国区でも有名で、神社さまのHPに「車を買ったら速谷さん」って書いてありました。

速谷神社・みどころ

由緒ある神社さまゆえ、貴重な文化財が多いです。木造狛犬 (広島県重要文化財)、紙本墨書大願寺尊海文書(大願寺領作務帳)(同じく広島県重要文化財)などです。「公開されている」(『広島県の歴史散歩』)とあるので、事前にご連絡すれば、見せていただけるのかもしれません。

江戸時代に三回も焼失したということなので、社殿は再建物かと思われます。さもなくば、すべてが文化財指定を受けているはずです。敷地は広大で、鎮守の森も奥ゆかしく、建物もすべて荘厳な趣です。

鳥居

速谷神社・鳥居

真っ直ぐに延々と続く車道の、遙か遠くから見えます。

楼門

速谷神社・楼門

建造年代等について、特にご案内はありませんでしたが、とても厳かな雰囲気です。

神門

速谷神社・神門

楼門も神門同様、とっても立派です。

車祓所

速谷神社・車祓所

ほかの神社さまでも「車祓所」の矢印看板とか見たことがあるのですが、お社を拝見したのは速谷神社さまが初めてでした。なんと、中には神さまがお祀りされています(ほかの神社さまの車祓所にも普通におられるのかもですが)。

拝殿

速谷神社・拝殿

拝殿内は撮影禁止ですので、遠くから拝見。勿論、お参りはきちんと行ないました。

岩木神社

速谷神社境内社・岩木神社

境内神社です。御祭神は岩木翁神。

この岩木神社の後ろをぐるっと回っていくともう一つの境内社・稲荷神社にお参りでき、その付近に笑う狛犬があったと思われます。

速谷神社(広島県廿日市市)の所在地・行き方について

ご鎮座地 & MAP

ご鎮座地 〒738-0026 廿日市市上平良 308−1

アクセス

その名も速谷神社前というバス停があり、徒歩1分です。廿日市駅で電車を降り、洞雲寺で墓参りをしてから歩いて向かいました。ほぼ真っ直ぐな道で速谷神社まで繋がっていました。「が」、歩いたらとんでもなく遠いです。普通は徒歩圏とは言わないと思われますので、素直にタクシーを使うか、バス停で降りましょう。

参考文献:『宮島本』、『広島県の歴史散歩』、速谷神社さまHP

速谷神社(広島県廿日市市)のまとめ&感想

速谷神社(広島県廿日市市)・まとめ

  1. 安芸国を建国したとされる「飽速玉男命」をお祀りする神社
  2. 「飽速玉男命」は国造に任じられた。成務天皇の御代のことである
  3. とてつもなく古い由緒をもつ神社であり、延喜式神名帳式内社として、厳島神社とともに記載があるが
  4. 厳島神社は国幣社、速谷神社は官幣社だったので、より格式が高い
  5. 厳島神社が安芸国一の宮となると、二の宮、もしくは厳島神社の摂社などとされてしまった
  6. 厳島神主家、大内義隆、毛利元就、藩政期の浅野家などに篤く信仰された
  7. 現在も交通安全の神さまとして、広く信仰を集めている

安芸国に厳島神社よりすごい神社さまがあるとか、驚きでした。もっとも、『宮島本』に掲載されているゆかりの地を回るというコンセプトでやっておりますので、厳島神社を礼賛する『宮島本』に、速谷神社さまが厳島神社をしのぐほどの神社であった旨の記述はありません。ゆえに、お参りして帰宅後、写真整理のためにほかの資料を見たり、神社さまHPを拝見してびっくり、となりました。

じつは現地で地元の方から、厳島神社と競い合ってるんだよね~とコッソリ教わったので、え!? となったのですが、安芸国を建国した神さまをお祀りしているというご由緒は、どう考えても厳島神社を上回るものです。でも、厳島神社のご祭神は宗像三女神でして、神代の代からと言えば軍配は厳島神社なので、どっちがどうなのか、もうわからなくなります……。まあ、両方とも同じようにたいせつに考えてお参りすればいいかと。神さまどうしがランクを競って喧嘩したりはしないはずなので。

平日昼間にご訪問したので、人で溢れてたいへんなことになっている厳島神社より、ずっと心静かにお参りできて心地良かったのですが、例祭などの際には、同じように人で溢れると思われます。宮島と厳島神社が好きだからやってる企画ですが、廿日市のみどころは宮島と厳島神社だけではないんだよね、ということを常に考えさせられます。ほかにも行きたいところがたくさんあって、たいへんです。速谷神社さまの「笑う狛犬」というのがとても気になるのですが、同じ神社さまを複数回ご訪問する余裕があるかどうかわからず、悔やんでも悔やみきれません。

こんな方におすすめ

  • 神社巡りが好きで、特に延喜式式内社とか由緒ある神社さまが大好き
  • 広島県内(廿日市市内)の神社は厳島神社だけではないと思う。厳島神社リピートしすぎて飽きてしまったし、いい加減ほかの神社さまもご訪問したい。どこかいいところ知りませんか?

オススメ度


(オススメ度の基準についてはコチラをご覧くださいませ)

五郎イメージ画像(怒)
五郎

笑う狛犬って何なんだ?

ミルイメージ画像(涙)
ミル

わからないから気になるの……。

五郎イメージ画像(怒)
五郎

また看板だけ撮影して帰ったミルが悪い! 駅からこんなに歩く神社、つぎは来れないじゃないか。

ミルイメージ画像(涙)
ミル

ごめんなさい……。もう一回行きたい……つぎはバスに乗ろうね……。

腰少浦神社付近での記念写真
廿日市・宮島旅日記(含広島市内)

五郎とミル(サイトのキャラクター)が広島県内を観光した旅日記総合案内所(要するに目次ページです)。「みやじまえりゅしおん」(宮島観光日誌)、「はつかいち町歩き」(廿日市とたまに広島市内の観光日誌)内それぞれの記事へのリンクが貼ってあります。

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