勝栄寺(周南市)

勝栄寺・基本情報

住所 〒746-0016 周南市中央町3-10
電話 0834-62-3222
最寄り駅 新南陽駅から徒歩5分
宗派 浄土宗

勝栄寺・歴史

※看板説明文・文字起こしや要約作業がメンドーなので、暫く自治体様引用文に頼ります。
以下、周南市役所様ホームページより引用。

勝栄寺は、陶弘政を開基とする時宗寺院(現在は浄土宗)です。創建されたのは、陶氏が富田保へ移住して間もない時期(1350〜80年)と考えられています。
この時代の時宗は、布教と併せて北朝方の動静をさぐり、南朝方の連絡をすることにあったとみられており、富田保が大内惣領家の橋頭堡的位置を占めていたことからして、勝栄寺の政治的・軍事的性格は強まらざるを得ませんでした。
勝栄寺は、江戸時代の「防長寺社由来」絵図に土塁と濠が描かれており、土塁の北・西部は今日まで残存し、濠も近年まで蓮田としてその面影をとどめていました。
南北朝動乱期の陶氏が置かれた厳しい立場からみて、この時期に防御施設として、土塁や環濠が設けられたのではないかと考えられています。
繁栄した中世の富田保や富田津の歴史だけでなく、めまぐるしい動きをみせた中世防長史の舞台として、現存する数少ない貴重な史跡です。

周南市(https://www.city.shunan.lg.jp/)

勝栄寺・みどころ

当寺院に関わる文化財は多数ある。
土塁、境内⇒山口県指定文化財。
境内板碑:「阿弥陀如来種子」、周南市指定文化財。
いずれも、建造物なので、いつでもだれでも見に行くことが可能。

土塁跡

教訓状


この寺院は、毛利元就ほか、有名人とゆかりがある。
案内看板にはすべての逸話が載っている。
写真が小さくて読みづらい方のために、要点だけお伝えする。

一、毛利元就が一揆鎮圧の際、当寺を本陣とした。
有名な「三子宛教訓状」を書いたのは、この寺院内でのことである。

一、豊臣秀吉が九州に向かった時、宿泊したのは、当寺院である。

本堂

勝栄寺の板碑

勝栄寺写真集