正護寺&陶氏館跡(山口市)

正護寺・基本情報

住所 〒754-0891 山口市陶郷上3907
電話 083-972-1701
最寄り駅 西陶バス停から徒歩15分
山号・寺号・本尊 萬松山・正護寺・釋迦牟尼佛、文共菩薩、普賢菩薩
宗派 臨済宗東格寺派

正護寺・歴史

寺の歴史は古く、今から六百十年あまり前、陶氏二代目弘政の創建。
陶氏が居城を構えた頃に祈願所としてこの寺を建立。寺門も栄えたが大内氏滅亡とともに廃寺同様の悲運に見舞われる。
毛利氏により復興されたが大内輝弘の乱で兵火に遭い、現在の陶氏館跡に移転建立される。
(寺内案内看板)

正護寺・みどころ

木造薬師如来坐像⇒山口県指定有形文化財。
陶弘政墓、晴賢分骨塔と呼ばれる供養塔など多数の石塔。

正護寺ゆかりの墓


有名なものは、陶晴賢の分骨塔と呼ばれる供養塔。

さらに、開山者である傑山寂雄大和尚と、陶弘政のもの。弘政は「正護寺殿」と呼ばれており、開山塔と正護寺殿と書かれた二基がとなり合っている。

大内家滅亡後に起きた大内輝弘の乱の兵火で焼け落ちた寺院を再建した中興の祖・大円恵満禅師の墓もある。ほかにも多数ある墓碑は、いずれも歴代ご住職のものという。

三界万霊

陶晴賢の二百五十年忌に地元「陶」の方たちが建ててくださった供養塚(説明看板)。

『ボウ虫墳』

「多くの虫の死を悼みこれを供養したときの供養塚」(説明看板)

木造薬師如来坐像

山口県有形文化財「木造薬師如来坐像」がある。平安時代初期の作品とされ、県内では最も古い木製の仏像だという。この像は、事前に寺院に連絡をすれば、見せてもらうことができる。木尊三尊佛と開山僧の木造は創建当時からのものという。

本堂の正面の門は、北川清助という人が、「小郡代官所の正門」を移してきたものである。もちろん、当時の代官所の門、という意味で価値はあろう。

陶氏居館跡(陶)

山口市・陶は、かつて陶氏の館があった辺り。
陶一門の先祖は、右田氏の傍流。ここ、陶の地を領地としたため、陶姓となった。
しかし、二代目弘政からは富田に移ったため、陶氏=富田のイメージが濃い。
さりとて、「陶」という響きに恋焦がれる人にとってここは永遠の憧れの地だ。
現在、館跡として史跡看板が立っているのは、周南市。
ここはそこに移る前の、元祖山口市・陶。かつて陶氏の館があった辺り。

陶の風景

陶氏の祖・弘賢は「陶」の地に住んでおり、そこで政務を執っていた。二代目・弘政が富田に館を移したため、それ以後現在に至るまで、陶氏=富田。館跡の説明板もそちらにある。
陶の元館前に、弘政は正護寺を建てた。なので、現在この寺がある付近が元々の館跡であろう。
陶の地名は今もそのまま。のどかな田園地帯が広がっている。
付近には、一般の方々の墓所もある。
現在も、当時ここに館があったことを偲ばせる土塁の類が僅かに残るらしい。
専門家に案内を頼めば、それらを目にすることができると思われる。
特に、案内板の類は見つけられなかった。

正護寺写真集