陶興房

代々大内氏の重鎮として勤めてきた陶氏の方々の中でも、「政弘ー弘護」「義興ー興房」の主従は歴代最強のコンビと言ってよいかと思います。父・弘護の志を継ぎ、常に主君・義興の傍らにあって補佐し続けた名臣についてご紹介します。そもそもは、弘護の三男だった興房は、家督を継ぐべき人ではありませんでした。なにゆえ、陶氏を継ぐことになったのか、その辺りから見ていきましょう。

陶興房とは？

大内氏の重臣で、義興、義隆二代に仕えた人です。父は政弘期の重臣だった弘護。主主催の宴席で吉見信頼に刺殺され、若くしてなくなります。残された三人の遺児の中で、興房は一番年下でした。しかし、兄たち二人が弓矢のことに及び、次兄は敗死。長兄は義興に処罰されたとされています。父から始まり、兄たち二人までもが尋常ならざる事態に巻き込まれたために、三男だった興房に家督が回ってきたのです。当初は叔父・右田弘詮の後見を受けましたが、無事に成人するとたちまちに義興政権にとってなくてはならない人材となります。

義興が足利義稙を復職させるために軍勢を率いて上洛するとともに従軍。大車輪の活躍をみせます。具体的には、船岡山の合戦などの武勇伝が残されています。主の帰国後は、留守中に乱れた分国を平定するため、主として安芸・備後の戦線で活躍。常に主の傍らになくてはならない忠臣となりました。尼子氏と雌雄を決する一戦を目前にして義興は帰らぬ人となり、これを機に興房も出家します。しかし、乱れきった国を放置して楽隠居はできず、主の息子・義隆にも仕えて、主に九州戦線で活躍します。

稀なる名君も寿命には勝てなかったのと同じく、興房も主の息子に最後まで尽すことはできずに亡くなります。軍記物曰くにはなりますが、無能な主（義隆）を馬鹿にして、将来無礼を働くのではないかと案じ、出来すぎた我が子を手に掛けたという逸話まで生まれました。そのくらい、忠義の人として有名だったのです。むろん、これは脚色で、嫡男は安芸の戦線で父に先立って亡くなっていました。兄に代わって家督を継いだ次男が、将来本当に主を弑逆するさまを見ることなく逝ったのは、幸いだったかも知れません。

陶興房基本データ

生没年　?~15390418（天文八年）
父　陶弘護
母　益田兼堯娘
子　興昌、隆房、女子（宗像大宮司興氏室）
妻　右田弘詮娘
幼名　三郎
法名　祥岩道麟（永正五年、1508）、大幻院殿透麟道麒大居士
官職等　中務少輔、尾張守、周防守護代
墓所　大幻院（現妙寿寺）、建咲院
（典拠：『新撰大内氏系図』、『大内氏実録』ほか）

五分で知りたい人用まとめ

三男ながら家督を継ぐ

父の死と兄たちの内訌

興房の父・弘護は、応仁の乱に際して、主不在の分国を守った英雄として人々に慕われていました。妻の実家である石見の益田氏との絆が強かった弘護は、益田氏との間で境目論争が絶えない吉見信頼の恨みを買い、当主主催の宴席でいきなり刺殺されてしまいます。

残された三人の息子たちはまだ幼少だったため、叔父にあたる右田弘詮が陶氏を名乗って遺児たちを後見します。ようやく成人した嫡男の武護は、義興に仕えていましたが、将軍親征に従軍するため上洛した際、行方をくらませてしまいました。どうやら、重臣たちの悪巧みに巻き込まれていたらしいということが、先生方の研究から推測されています。

長兄の出奔で、次兄の興明が跡を継ぎます。二人の兄たちは、それぞれに一家の主として活動していた文書などが残されており、謎の出奔騒ぎがなければ、嫡男が跡を継ぐということで、何の問題もなかったはずです。また、興明のほうも兄が行方不明となった後、きちんと政務をこなしていた模様です。

ところが、そんなときに、武護がいきなり帰国。興明と兄弟相争う事態となります。それは、家督を巡ってだったのか、それともほかに何らかの企みがあったのか、真相は闇です。兄弟相争ったということも、地名や戦死したと思われる興明の供養塔が発見されたことなどから偶然に判明しました。本来ならば、学者先生方の史料となるべき家系図が、意図的に書き換えられたらしいというご研究があります。武護も興明も、系図上では、単に「早世」したと記されているだけだからです。兄弟相争うという醜い事態を隠すためか、長いこと誤った系図が伝えられてきたのです。

とはいえ、史料は断片的ですし、当事者である兄弟二人の思いまでは推し量ることができません。少なくとも、系図通りの「早世」か、先生方のご研究の成果である内訌か、いずれであったにせよ、兄二人が家督を継げる状態ではなくなってしまったことは事実です。

運がよかったのか天命だったのか

普通に考えて、父ばかりか兄二人まで失うという悲劇を、おかげで家督が継げたと興房が喜んだとは考えられません。結果的に、大内氏の中で陶興房という名臣が大活躍する場を与えられることとなりました。しかし、兄たちとて、長寿を全うしていたら、どれほど主たちのために尽したかはわからないのです。ただ、後世の人たちは興房の主家への並ならぬ忠義やその人柄などを以て、よくぞ彼のような人に家督が回ってくれたものだと噂し合ったことは事実でしょう。そこら中の軍記物等に立派な人物として描かれています。

毛利元就も兄の早世と、その嫡男たる甥の夭折により家督を手にしました。その後の展開を知る我々からしたら、もしも兄、もしくは甥が長寿を全うしていたら云々と考えてしまいます。本来ならば家督を継ぐはずもなかった人にお鉢が回ってきた。けれども、その人物こそが最も優秀であったので、結果的には幸いだった。歴史にはそういう、偶然とは思えないような出来事がままあります。彼らが運を引き寄せたのも、その仁徳の賜物。これが、天命というものでしょうか。

人となり

「寡黙にして、仁義忠孝、文武兼ね備はる」

興房は禅に傾倒し、公務の合間には静かに座禅だけをしていたといいます。つねに主のかたわらをはなれず、大となく小となく、常に義興を補佐しました。

永正十年春、めでたい夢をみて、法名を道麟と改めました。改めたということは、それ以前の法名も存在するものと思われますが、それについては記録がないようです。先祖代々の菩提寺・龍文寺（都濃郡長穂）で、六世・春明師秀に別号を選んでもらい、祥岩道麟としました。このとき寿像に、賛を書いてもらっています。龍文寺の侍衣寮を信衣院と改め、そこに寿像を掲げて、香花田を附し、冥福（死後の幸福）をいとなんでもらいます。しかし、俗世との縁は未だ絶ちがたく、その後も重臣としての責務を果たし続けます。

軍事面での活躍

代々、文武の将が輩出された大内家中にあって、興房もまた、文芸面に情熱を傾けていました。それについては後述するとして、主の補佐という点では軍事面での活躍が目を引きます。先代・政弘期までは、大内一強と言っても過言ではなかった西国にも、やがて迫り来る戦国時代の嵐が吹き始め（戦国時代は織田出て来てからと認識しています）、安穏と過ごしてはおられなくなっていたからです。

義興期における興房の活躍は、主として安芸・備後方面でした。いつの間にか台頭し、大勢力となった尼子氏によりこれらの地は荒れ放題になってしまっていたためです。厳島神主家や安芸武田氏なども、尼子氏の後ろ盾を得て牙を向いてきました。なにゆえに、このような事態となってしまったのか？　それには、周防国に逃れて来ていた元将軍・足利義稙の復職騒動が絡んでいます。まずは、そこから順追ってみていきます。

足利義材の将軍復職と留守分国の混乱

細川政元が起こした明応の政変によって、将軍職を追われた足利義材は忠臣・畠山尚順の分国のひとつ、越中に逃れていました。尚順が畿内で奮戦し、将軍も越中の地から各地に檄を飛ばします。しかし、政元との戦いに敗れ、尚順は逼塞。将軍も越中を離れ、周防の義興を頼ります。

政元は義材に替えて、傀儡として足利義澄を将軍職に就けますが、養子三人の家督争いに巻き込まれ家臣によって暗殺されてしまいました。義興はこの機会に将軍を率いて上洛。興房もそれにつき従いました。義材は無事に将軍職に返り咲くことができたものの、そのために都から逃れた義澄と細川澄元の主従が虎視眈々と再起の機会を待っている状態。実際、将軍はじめ一同は、一度は澄元らの攻撃を避けて都を離れたほどです。

すぐさま、敵の隙を突いて帰還。船岡山の合戦で勝利を収め、澄元派を再び追い落とします。この時、義興は自ら敵陣に斬り込んで活躍しますが、興房も先駆けとなり主を助けて勲功をあげました。

大内軍の活躍なくしては、義澄・澄元派の攻撃を防ぎきれないと知る幕府や朝廷は帰国を望む義興を慰留し続け、主不在の分国に尼子氏という新興勢力の台頭を許してしまいます。さらには、義興に従って上洛した厳島神主家の主は京都で客死。後継者争いが起こってしまいます。また、安芸国の動揺をおさめるために帰国させた安芸武田氏も動揺をおさめるどころか、義興の支配下を脱し、さらなる混乱を引き起こす始末。

義興がついに将軍を見捨てて帰国した時には、周辺諸国は目茶苦茶になっていました。取り急ぎ、留守中に騒ぎを起こした人々の鎮圧という大仕事が始まります。主の右腕として、興房が各地を転戦したことは言うまでもありません。

厳島神主家らとの戦い

大永二年三月、興房は義興の命により、防長豊筑芸石の兵を率いて安芸国のあちこちで戦います。翌年、後継者問題で義興に不満を抱いていた、神主家の友田興藤がついに叛旗を翻します。混乱予防のためか、義興は自ら神領を直轄支配する形を取り、桜尾城に城番を置いていました。興藤は武田光和と結び、神領の城番を追い出して桜尾城を占拠してしまいます。義興は興房と弘中下野守らに命じて興藤を攻撃させます。ここから、次の義隆代まで持ち越される、神主家との長い闘争が始まったのでした。

興房は佐西郡に進み、大野の門山に陣を張り、神領兵と戦います。『大内氏実録』には大野城という城の名前が出て来ますが、地元の方にお伺いしたところ、そのような城はない模様です。城主が大野氏である城はありましたので、それを以て大野城と呼んでいたものかと。あるいは、現在、門山城跡に行きますと、元は大野氏の城だったとも書いてありますので、門山城のことを指しているものともとれます。

いずれにせよ、興藤派だった神領衆の大野氏を攻撃していたことは間違いありません。興藤と武田光和とは大野氏の救援に向かいますが、大野氏はすでに興房に降伏しており、城を焼払ってしまいます。女瀧（雌滝）まで出張っていた興藤と光和はこれを見て逃走しますが、興房に追撃されて敗れ去ります。これが、女瀧の戦いと呼ばれている合戦です。門山城麓の女瀧付近で激突したのでしょう。

大永四年六月、大野で勝利したという報告をきいた義興は、子息・義隆を伴い 厳島に出陣します。興房のほうは、岩戸山に陣を移し、吉見、杉、内藤らの同僚武将たちと桜尾城を囲みました。さすが、難攻不落の堅城だけに、容易には落ちません。この辺りの合戦のあらましは、軍記物などに詳しいです。脚色もあるでしょうが。落城は免れたものの、興藤も疲れ果てたのか、吉見頼興の調停で和睦を申し出ました。

興藤の降伏により、束の間の休息が取れたのか、興房は配下の者を厳島に渡らせ、主のために正月の料理を準備させるなどしています。元旦には、興房自身も渡海し、主父子に拝謁。翌月には棚守屋敷を宿舎として主父子を饗宴しています。

その後は再び、安芸・備後方面で連戦しています。これは主に、尼子氏やそれに与する者たちとの戦いであったようです。ところが、強敵との直接対決を待たずして、享禄元年七月十四日、義興が門山城で病に倒れます。その報を聞いてか、厳島に戻っていた興房は、野田興方、内藤興盛らと撤退の策について話し合います。主の病を治すことが先決ですから、これ以上合戦を続けることは無理と判断したのでしょう。先に降伏していた友田興藤を諭し、子息・掃部頭広就を義興と面会させます。興藤は大人しく隠居して、息子に後を譲るという証でした（そんなことが嘘っぱちだったのは、すぐさま露呈しますが）。

義興を守って山口に帰還した興房でしたが、主はほどなく帰らぬ人となります。合戦の途中で病にかかり亡くなるという、主・義興を襲った悲劇。正直、主とともに殉死しないまでも、あとは主の菩提を弔いつつ余生を送ってもいいと思われるところです。しかし、志半ばで亡くなった主がやり残したことは大量にあり、その遺児には父親ほどの器量はありません。残された二代目を助けていくこともまた、忠臣としての興房の勤めとなります。

九州方面での活躍

享禄元年十二月二十日、義興が薨去し、義隆が当主となりました。興房は、剃髪して尾張入道道麟（道麒とも）となり、引き続き二代目主・義隆を支えます。

義興期、興房が活躍した舞台は、安芸・備後方面でしたが、義隆期は九州が舞台となります。天文元年十一月、義隆は少弐冬尚を討つことを決めます。興房改め道麟はその先鋒となって、十五日に九州に渡り、少弐勢と戦いました。※混同を避けるため、これ以後も興房と表記します。

そもそも、少弐氏と戦闘状態になった経緯はどのようなものだったのでしょうか？　

故少弐政資の次男・資元が旧領回復を企てると、肥前の者たちはこれに応じ、大友氏は資元に娘をめあわせていました。義隆は立腹したものの、機会がなく攻撃できないでいるうちに、資元は宗対馬守義盛を介して将軍に家名再興を嘆願してゆるされ、肥前守となります。筑紫尚門・朝日頼実から申し出があり、享禄三年秋になってようやく、筑前守護代・杉豊後守興運に少弐攻撃を命じました。興運は尚門、頼実の軍勢を召集して東肥前に進み、資元を攻撃します。

この時、資元は既に隠居し、新たに少弐冬尚が綾部城にいました。冬尚は東肥前に進んで迎え撃ちましたが、大内方はこれを撃破。冬尚が神崎に退いたのを追撃します。龍造寺和泉守等と田伝村で戦闘となり、味方の奮闘により、敵の陣脚は既に乱れていました。ところが、敵方の部将・鍋島平右衛門尉清久父子が、逞しい兵百人ばかりを率いて尚門・頼実の陣を脇から不意討ちします。味方陣はこのために敗れ、尚門と頼実は戦死してしまいました。この知らせを聞いた義隆は大いに怒り、将軍家に少弐追討の命を求めますが、聞き入れられませんでした。

九州での戦に思いの外苦戦した義隆は、興房の出張を願ったのです。そこで、天文元年十一月十五日、興房の九州渡海となったのでした。

ここはほとんど、興房の独壇場で、各地で転戦し勝利をおさめます。少弐資元は高祖に逃れましたが、興房はこれを追撃します。資元は高祖から出て、多々良、筥崎、博多、鳥飼、小田の間で迎え撃ちますが、興房はこれを撃破します。資元は高祖に戻り城に入ろうとしますが、城主・原山興種は心がわりし、城門を閉ざして資元を中に入れてくれません。狼狽した資元は、多久城に逃れます。

天文二年十二月、興房は軍勢を筑前にもどし、武蔵城を攻め取ります。他の城砦は攻撃するまでもなく、降伏しました。いっぽう、少弐冬尚は勢福寺にたてこもり、馬場、横岳、犬塚等、綾部、中津、朝日山、中野、西島等の城をよりどころとして服従の気配を見せなかったため、興房はまた東肥前に進軍します。

筑後、豊後とそれこそ各地を転々としながら戦い、大半においては勝利を収めますが、稀には敗北もありました。日時不明ながら、満山に進軍した興房は勢福寺城を包囲し、軍勢を分けて佐賀を攻撃しました。勝利できなかったため、更に軍勢を出そうとすると、連日の大暴風雨で陸地に水があふれました。味方の兵は山上からその様を見て、「これは天が我をたすけ敵を滅す所なり」と思って警戒を怠ります。ところが、佐賀の敵兵に夜襲され、味方の陣屋が焼かれてしまいます。味方は不意打ちに狼狽し、防ぐことができず、興房は辛うじて逃れ、園部に退きました。満山から園部までの距離は、四里ということです。

天文三年十月、再び勢福寺城を包囲して攻撃すると、力尽きた冬尚は、小田入道覚派の蓮池城に逃れます。犬塚尚家、同尚義、本吉増景等が、ともに蓮池にはいって防衛の任に就きます。この蓮池城というのは、堅固な要害であり、急いで攻め取るのは得策ではないと思案した興房は、龍造寺家兼を諫めて少弐に降伏をもとめさせることとしました。唐津の波多隠岐守を佐賀に派遣し、降伏の条件として、少弐には湯沐の領地を与えることを提示させます。家兼はこの条件に応じ、蓮池城に行って冬尚を諭しました。 既に気力を失い勢力も衰えていた冬尚は、家兼の意見に従って降伏を申し出てきました。ここに於いて、ようやく肥筑の地が平定されたのです。

少弐の降伏は、天文三年冬のことでした。長府まで出陣していた義隆は帰国。翌年二月、興房も九州から凱旋しました。

九州平定を見届けた後、天文八年四月十八日、忠臣・興房は世を去りました。

文武の臣

軍事面での活躍が目立つ人ではありますが、文芸にも傾倒していたことは前述しました。文字通り典型的な文武の人であり、その完成度は「有識故実」中心の主・義興よりも優れていたといえます。興房が、文事の才能に磨きをかけたのは何と言っても、義興に従って上洛し、十余年もの長い期間を京都の文人たちと交流できたことによるところが大きいでしょう。

以下は、またしても例によって米原正義先生の『戦国武士と文芸の研究』からまとめたほんの「さわり」の部分です。

飛鳥井雅俊に歌鞠両道を師事

・「亜槐集」（雅俊父雅親家集）の書写を、 大僧都忠堯（九条政忠の末子）に依頼。雅俊は奥書で「是此道執心異手他者歟」と評している。
・『蹴鞠条』「右蹴鞠之条々当流之秘說也、依執心授陶中務少輔興房訖　永正五年七月 日（雅俊自筆）」権中納言雅俊（花押）

歌道と歌書蒐集

以下のような書籍を蒐集。いずれも超一流の有名人からの贈呈です。
・永正十年八月『後拾遺集』庭田重親
・永正十一年九月『詞花集』冷泉永宜
・永正十月『金葉集 』飛鳥井雅俊
・『後撰和歌集』姉小路済継
・年未詳『拾遺集』前大僧正

興房の詠歌はかなりの数が伝えられているようですが、それについては米原先生のご著作を拝見すれば十分と思います。田舎武士（＝地方武士のことです）の歌が後世にまで伝えられることはきわめて稀であるとの先生のお言葉がありました。道理で「歌を善くした」という先代の御歌も弟君の御歌も素人には探すことができないわけです。

連歌

「永正十五年三月十八日、牡丹花肖柏や宗碩らを招いて何船百韻を張行した」

なお、地方の人が在京中に連歌会を行い、その記録が今に伝わるものもまたたいへんに少ないそうであり、ここもまた、興房が特別だったことがわかるところです。有名な連歌師との交流も盛んであり、たとえば肖柏が「多々良興房旅宿にて六月比」のように書いていたりすると、興房の句が伝えられておらずとも、彼もまた肖柏らと交流して楽しんだであろうことが分かるのです。むろん、興房の句はかなりの数伝えられています。これも、米原先生のご本に載っています。

興房の連歌会主催は、在京中だけで終わらず、帰国後も続きました。

「大永五年正月五日、岩戸陣中、連歌会張行」
「享禄五年（天文元年）二月、知行地富田（都濃郡）南湘院、何木百韻張行」

子孫および墓所等

菩提寺と墓所

法名が大幻院透麟道麒なので、「大幻院」なる寺院があると考えられます。実際、同寺院は存在し、興房の墓もあります。ただし、現在は妙寿院と寺名がかわっております。また、周南市の建咲院にも興房の墓があり、こちらのほうが有名です。単に興房の墓と言ったら、建咲院を思い起こす方が大半でしょう。

では大幻院にあるものは何なのだ？　と思われるかも知れません。そこら辺は史料もないようで不明です。宝篋印塔は生前にも造られることがあると聞いたことがあります。自らの菩提寺と決めた寺院に造り置いたのかもしれません。また、興房が亡くなった時点では、まだ大内氏は健在でしたし、菩提寺や墓を管理する跡継もいました。陶興明のように、複数の供養塔が存在する例もありますし、二つとも興房のものだと思われます。

ただし、妙寿院のほうは、あまり存在を主張しておりませんので、非常に見つけにくいです。

忠臣の子ら

興房の妻は叔父・右田弘詮の娘。いとこどうしの婚姻です。二男一女があり、長男は興昌、二男は隆房、娘は宗像大宮司興氏の妻となった人です。

嫡男・興昌は早世。合戦関連死です。父親が各地を転戦するのに付き従い、いずこかの戦で病を得て亡くなったようです。海印寺に興昌のものとされる宝篋印塔があります。武家の子に生まれた以上、合戦で命を落とすことも普通です。ですが、その将来に大いに期待していたであろう嫡男の死は本当に気の毒としか言いようがありません。分国が平穏な時代であれば、合戦関連死などに巻き込まれることもなかったでしょうに。主君の義興からして、戦場で病を得て……という具合ですから、こればかりはどうしようもありませんが。

『大内氏実録』では、興昌についてわずかに以下のような記述があります。

「次郎と称した。
※『棚守房顕記』では興次としている。

大永三年、父に従い、安芸で戦う。
大永五年三月、病にかかり、一八日、岩戸陣から周防に帰国。
亨禄二年、四月二十三日、死去。享年二十三歳。

法名：信衣院春翁初□。」

次男については諸説ありますので、断言を避けます。

参照文献：『大内氏実録』、『戦国武士と文芸の研究』、『新撰大内氏系図』、『日本史広事典』ほか

雑感

日本史上最強の主従

西国最強の人は間違いなく凌雲寺さま（義興公）です。これについてはあれこれと意見がある人がいると思うけれども（結果的には毛利元就ではないのか、とか。長寿を全うできなかったこともそれこそ『天命』だろうとか）、少なくともここではそう断言します。その最強の人に生涯付き添っていた忠義の人がこの人、陶興房。最強の主に、最高の家臣。これ以上ない組み合わせでした。

主同様、興房にも寿命があります。本来ならば、後に再び叛いた厳島神主家との争いや、出雲遠征などでも、主を助けて陣頭指揮を執って欲しかったと思います。だいたいからして、義興の死が早過ぎたのです。ひたすら忠義の人であった興房なら、後に起こった「国難」（義隆が家臣の叛乱によって命を落としたこと）に対してどのような態度を取ったでしょうか。元より、興房が存命であれば、後のゴタゴタは起こらなかったでしょう。残念ながら生没年不明ですから（没年は分かっているが、年齢が不明）、尼子経久や毛利元就並の長寿であったとして、何年くらいまで生きられたかは不明です。これもまた運命でしょう。

最強の主従はあくまで「義興ー興房」であって、「義隆ー興房」ではありません。主が最強でなければ、家臣も小粒でした。ひとつの時代が過ぎ去ったような感覚となりました。

忠臣の血は断絶したのか？

最近、和田先生のご研究で、隆房は問田氏の人ということになっていまいました。まるで、過去の先生方が『陰徳太平記』のような俗本に書いてあることはすべてデタラメとお怒りになられていたことが、実は真実だったようなことになっています。

正直困惑しています。ただし、この件は『新撰大内氏系図』のコメントにも載っており、昔から流布されていた説でもあります。伝承の陰には何らかの真実ありの通りみたいなことになってしまいました。ただし、系図のコメントにある興房が我が子を毒殺した云々はまさか真実ではないでしょう。

現状、この説は何ら立証されていませんから（DNA鑑定などはできない）（タイムマシンは発明不能）、今後のご研究の成果に期待したい方は期待してください。和田先生にはお世話になっておりますし（ご研究などを拝見して敬愛している、という意味）、先生のご研究ならば、間違いはないと思っていますが。

忠義の家臣の血流から、実は謀叛人は出ていなかった、となれば嬉しいような悲しいようなです。親と子で、性格などがまるで違うなどといったケースはどこにでも転がっていますが、以前からずっと、かなりの違和感がありました。興房の人となりと、次男のそれとがあまりにも違うためです。「傍若無人で人の意見に耳を貸さない」これにつきるからです。……って、『陰徳太平記』の読み過ぎだったりして。

ちなみに、養子も扱いは実子とかわりません。現代でもそうですが、財産を相続する権利も認められています。問題は、襁褓にくるまれた頃から養子になっていたのか、大人になってから跡継がいなくて困り、俄に連れて来たのか、という点でしょうか。もし後者なら、養父と養子の間に愛情など生まれない可能性があります。前者ならば、ほとんど実の子同然です。さて、どちらでしょうか。

そもそも、歴史学者ではないですので、神道家の日記になど関心はありません。研究者の先生方がそうである、とおっしゃればそうですし、やはり違っていたとなれば、それもまたそうです。要するに、どうでもいいのです。ノーコメント。

陶興房寿像贊并序写（仮）

多々良氏陶尾州太守興房公寿像賛井序
源深者流遠、根大者枝茂、无斯言矣、居士諱興房、其父弘 護公鎮遏姦邪於国、大有偉績、弘護有三男、其二者夭 傷、居士当其三、幸而継家、天与也、非人謀矣、其為 人寡言而仁義忠孝為焉、義尹相公当軸之初、雖壮南征北伐之威、嬖臣姦驕而不応其命、明応庚申春轡回 善於 西周 而決策於大内府君、々々謀列国之諸将有年于茲矣、永正丁卯冬欲護相公入洛、艤兵船於防之府 而召数州之将卒、戊辰夏解数百艘之纜 順風加 櫓棹、速達泉州之堺、諸侯出迎、不幾而入洛、居士海則把楫於前後、陸則並轡於左右、再令相公為霸者、府君汗馬之功居士幹蠱之衷也、且夫宥道空於阿州、誘赤松於播陽、 無大小無一不同謀也、可謂有忠于天下内未稳、鲛鳄流涎、当此時、相公暫狩 于丹丘、於是強寇競起而陣 于洛之西北之隅船岡、事出不慮、府君掉､ 臀呼于諸侯 曰、欲勇者賈 予余勇、遂単騎而馳戦、人馬辟易、居士迺為其先駈戦、而紅羽注面白刃交胸而不顧焉、滅数万之敵斬首捕虜、都下騷擾一時定、主勢益固国勢益安、是偏居士勇決処致也、相公寵命無不一許与、惟多一時之光栄也、加之一霄恍惚之間、雅称并永楽神亦賜洪休、希世之事也、平居住意仏乗従事禅侶、誓怕子孫之帰別乗、而公務之暇、安禅静慮之外別無他事、未掌斯須忘 茲、故改遞代墳寺龍文之侍衣寮、号信衣院、割艘田充香火不朽之供養、俾工自絵肖像安之堂、而 晨香夕火預資厳冥福、命予以贊詞、其命不可拒矣、
系之以長篇、曰
有其父而有 其子　英雄志気其桂石臣
蚤諳弓矢之有道　窃為国家而許身
視富貴如雲無帯　励節義似石不可憐
是以為府君所賞　是以為家眷所親
諸系明々有伝記　花胃遙々雖具藻
三韓王子曰琳聖　其船着多々良浜
当我朝推古御宇　至于今八百余春
八世之孫生二子　類彼歌公子振々
其兄盛房周防介　世握権柄朱両輪
其弟盛長司国事　登庸良善退頑囂
鑿井而飲耕田食　化育之功被黎民
弘賢以陶為 采邑　似 伊尹耕于有莘
家葉従此勃興大　日新々々日々新
近来移居 富田保　慇懃為使 風俗淳
龍文墳寺輪奐美　創業初 于大造釣
勉 旃無 怠金湯志　結而未了香花因
傾誠雪？入籌室　別称祥岩法名麟
不啻文武禅亦熟　鼻孔依然搭 上唇
応 是真乗密讃力　直得一機撥転辰
船岡一戦甲天下　其威如 烈火焚薪
敵捋虎頭又燕頷　陣勢鶴？魚鱗　
義興馳馬決勝負　三尺劍霜飛 秋旻
公為先鋒増威気　諸将指麾属 一人
追亡逐北尸百万　孰与沛公滅暴秦
叔孫礼楽蕭何律 　不回時日静風塵
見義勇為入所羨　不謬府君入幕賓
相公封以尾州爵　玉勒氈毛台命頻
雅称永楽夢中賜　精誠心使感霊神
徳不孤必有其憐　門葉繁栄貽厥后
溜雨四十囲孔拍　飽霜八千歳莊樁
永正十癸酉春摠持蕉夢老衲幼中瑞秀暮齡七十一書
龍文第六世春明師秀之号
（防長寺社証文建咲院）