ミル@周防山口館

廿日市と東広島が大好きなミルが、広島県の魅力をお届けします

【取得資格】
全国通訳案内士、旅行業務取扱管理者
ともに観光庁が認定する国家試験で以下を証明
1.日本の文化、歴史について外国からのお客さまにご案内できる基礎知識と語学力
2.旅行業を営むのに必要な法律、約款、観光地理の知識や実務能力
【宮島渡海歴三十回越え】
厳島神社が崇敬神社です
【山口県某郷土史会会員】
大内氏歴代当主さまとゆかりの地をご紹介するサイトを運営しています

清盛神社・鳥居と拝殿

みやじま・えりゅしおん

清盛神社(廿日市市宮島町)

2024/9/27  

没後七百七十年という節目の年に、平清盛の功績を称えようという気運が高まり、清盛を祀る神社が造られた(完成はその二年後なので、没後七百七十二年ということかも)。元は安徳天皇、二位の尼とともに三翁神社に祀られていた清盛は、現在ここに遷っている。

速谷神社・楼門

はつかいち町歩き

速谷神社(廿日市市上平良)

2024/6/26  

安芸国を建国したとされる「飽速玉男命」を祀る神社で、延喜式神明帳の頃は、厳島神社よりも格式の高い官幣社だった。悠久の歴史に抱かれた格式の高い神社として、現在も広く信仰されている。特に交通安全の神さまとして車のお祓いが有名。文化財も多い。

紅葉谷公園・紅葉橋前にて

みやじま・えりゅしおん

紅葉谷公園(廿日市市宮島町)

2024/6/26  

宮島といえば紅葉、紅葉といえば紅葉谷公園! 紅葉谷公園には「紅葉谷公園」と「奥紅葉谷公園」があったり、「紅葉橋」と「紅葉谷橋」があったり、麗しい渓流の姿を残しつつ施工した護岸工事が国指定重要文化財となっていたり、じつはあれこれ複雑です。

山辺の古径看板

みやじま・えりゅしおん

山辺の古径(廿日市市宮島町)

2024/6/26  

厳島神社に向かう参道はかつて海だった。山辺の古径は宮島最古の参道といわれている昔の参道で、細い路地裏や昔ながらの町並みが残されたとても風情がある道。要害山から五重塔を結ぶルートで、有名な寺社以外に、地元の方々に慕われているお地蔵さまなども。

有之浦「有浦陸閘」

みやじま・えりゅしおん

有の浦海岸(廿日市市宮島町)

2024/6/26  

宮島フェリーや桟橋がなかった時代の船着き場だったところ。桟橋前広場から厳島神社に向かう途中、右手に見える海岸線。高倉上皇御幸のエピソードで有名。壇ノ浦で入水した二位の尼のご遺体が流れ着いた場所でもあり、「二位殿灯籠」がたっている。

五郎の兄イメージ画像

陶のくにの人々

陶興昌

2023/1/29  

陶興房の嫡男。若くして合戦関連死。この人が長生きしていたら、弟・隆房が家を継ぐことはなく、その後の歴史も変わったかも? 軍記物や近世の系図には、隆房の兄は「優秀すぎて主・義隆を馬鹿にした」ため、将来を憂えた父に毒殺されたとあり、びっくりする。

宗景イメージ画像

陶のくにの人々

陶武護

2022/12/16  

陶弘護の嫡男。大内義興に随行して上洛中に、出家遁世。やがて帰国して家督を継いでいた実の弟・興明を殺害。「謀叛人」として主家に追われる身となった。大内家重臣たちの陰謀に巻き込まれたとされるが奇怪な行動の真相は不明のまま。出家して高野山に逃れたとも誅伐されたとも言われる。

陶興明イメージ画像

陶のくにの人々

陶興明

2022/12/8  

陶弘護の次男。嫡男である兄・武護の突然の出家遁世で陶家の家督を継いだものの、その後帰国した兄と戦闘になり敗死したとされている。昭和になって、興明を供養したものとされる石塔が発見され話題となった。現在、その供養塔は海院寺に安置されている。

陶氏館跡・公園フェンス「陶氏館跡」看板

陶のくに風土記

陶氏館跡(周南市下上)

2024/6/26  

大内氏の分家・右田氏のそのまた分家・陶氏の館跡地。遺構と思しきものは何ひとつない。あるのは地元の方々が造ってくださった記念碑のみ。なぜここに館を建てていたのか、付近の地形なども含めて考察できる研究者以外、跡地碑を見ることができるだけの場所。

弥山・本堂

みやじま・えりゅしおん

弥山(廿日市市宮島町)

2024/6/26  

信仰の山にして自然景観の山でもある弥山。何度行っても見飽きないほどのみどころがある。山頂の奇岩群だけでもたいへんだが、複数ある登山コースにもあれこれの珍しい岩の数々が。ロープウエー車窓から見る原生林と瀬戸内海の絶景も外せない。リピート必須。