みやじま・えりゅしおん

宮内(広島県廿日市市)

2022-05-27

「宮内」って?

広島県廿日市市の地名である。「宮」という文字が入っている地名は、その歴史を遡ると地元の神社に由来があることが多い。山口市の宮野が三之宮・仁壁神社に由来しているように。
広島県、それも廿日市市で神社といったら、厳島神社である。想像の通り、こちらもまさに厳島神社ゆかりの土地であった。

仁治3(1242)年の「厳島文書」 に 「宮内」の記載があり、 鎌倉時代は厳島神社の神領であった。また宮内の地名は厳島神社の社務を取りしきる政所(宮政所) が置かれていたことに由来しているともいわれている。

『宮島本』宮内

厳島神社の政所については、何かの古記録(活字版)で見た記憶があるので、もう一度目撃したら必ずここに書き記しておきたい。そのときに、神社に政所って? と思ったのを覚えている。つまり、日本史の教科書で「政所」の文字を目にするのが、幕府機構の説明文だったりするから。

しかし、きちんと講義をきくと、政所は「家政機関」であって、なにも幕府だけのものではないということが分る。

政所、まんどころ、平安中期、令制の家司制度が変質し、親王四品以上、諸王・諸臣三位以上の家政機関として設けられた。四位以下の家政機関は公文所という。有力寺社にも政所がおかれた。(中略)荘園の現地支配機構も政所とよばれ、国衙にも設置された。
山川出版社『日本史広辞典』政所

というようなことで、有力寺社である厳島神社にも当然、政所はあるわけです。ついでに、鎌倉幕府の家政機関が最初公文所だったのに、何で途中から名前変るんだよ、二つ暗記するのメンドー、ということになったのも、源頼朝が右近衛大将となり位が上がったため、四位以下の家政機関・公文所ではなく、政所になった、というわけですね(宮内に関係ないけど)。

二つの駅

現在の宮内は、閑静な住宅街となっておりまして、最寄り駅宮内串戸は通勤通学時間帯の電車に乗る人々、降りる人々がとても多いです。東京大阪のような大都市圏近辺で、十何番線までプラットホームがあるような駅ですと、乗降客は大量ですが、駅もそれだけ大きく、かつ、駅周辺はオフィスビル群だったり、商店街だったりするので、近隣住民はさらにバスなどの公共交通機関で自宅へ向かうことが多いのかな、と思います。

しかし、宮内串戸の駅は住宅街の中にある雰囲気でして、文字通り住宅地の方々は駅近便利で羨ましいと思う反面、他所者が当駅を起点に観光して GoogleMAP のナビゲーションなどに頼って駅に帰ってくるとたいへんなことになります。「目的地に到着しました!」と MAPアプリさんは明るい声で仰るのに、「駅はない」のです。再度読み込みしてやり直すと「右側です」などと教えてくれるのですが、そういえば確かに線路があり、駅のホームの端っこが見えていますが、駅の入り口がないのです……。まさに、迷路のようでして、線路を隔てるフェンスをよじ登り、線路伝いにホームに上がってしまいたいと泣きたくなりました。

とても親切なご近所のお兄さんが、ウロチョロする旅行者を見付けて声をかけてくださり、無事に電車に乗ることができました。さもなくばその場で途方に暮れたまま一夜を明かすところでした。この場を借りて、心より御礼申し上げます。

あとから、ホテルフロントのお姉さんにお伺いしたところ、宮内串戸駅の入り口は一箇所ではないようで、本来ロータリーなどがあってバス乗り場やタクシー乗り場、商店街があったりと住宅地の中などには入って行かない出入り口があったようです。しかし、降りたときは地元のご高齢のグループに引っ付いて住宅地側に出ましたし、乗るときは上述のとおり、観光地からMAPに従ってきたら、住宅地側へ連れて行かれたので、二回目以降の訪問では宮内串戸駅は二度と使いたくない、と思いました。何度も同じお兄さんにご面倒をおかけするわけにはいかないからです。

広島には広島電鉄の路面電車があり、宮島口まで JR 西日本と併走してますから、二回目はそっちを使いました。どちらを利用しても観光資源からの距離は変りません。ひろでんさんのほうは、JRさんと違って駅舎がなく、いきなりホームなので(宮内駅)、入り口が分らないと言うことにはなりませんから、安全なのはコチラです。ただし、これはとんでもなく方向音痴の者視点の話なので、普通の方々は道に迷うことなどないでしょう。あまり気になさらずとも大丈夫です。

宮内串戸駅

JR西日本宮内串戸駅路線案内
宮島口 ⇒ 阿品 ⇒ 宮内串戸 ⇒ 廿日市

宮内駅

広島電鉄宮内駅路線案内
広電廿日市 ⇒ 廿日市市役所前 ⇒ 宮内 ⇒ JA広島病院前 ⇒ 地御前 ⇒ 阿品東 ⇒ 広電阿品 ⇒ 広電宮島口

ミル
ミル

まったく同じ宮島口から宮内までを結んでいるのですが、停車駅の数が随分と違いますね。

五郎

路面電車、面白いよ。安芸国に来たら一度は乗ってね!

宮内・みどころ

どんな街にも歴史・由来があり、地元の人が大切になさっている史跡がある。今回(2022)の宮島行きの目的の一つは、宮内にあるそのような史跡だった。それはそこだけで一ページになりそうなので、記事が準備できるまでは秘匿にしておく。ここで見出しだけ拾われてしまったら残念だから。

宮内天王社

基本情報

主祭神 素戔嗚尊、神武天皇
相殿 大山津見命、天受女命、伊邪那歧命、伊邪那美命、猿田彦命、宇迦迺魂命

神武天皇が東征の際に立ち寄った広田社山麓に祀られ、天王社と呼ばれていた。天正年間(1573~92)に津波によって破損したため、現在の場所に移されたという。この神社は、厳島神社の兼帯社であった。

明治時代に、宮内村上組の氏神となって、上組内の神社が相殿に合祀され、「八坂神社」と名前も変ったものの、昭和四十四年、氏子の人々の要望により、元の「天王社」と改められて現在に至るという。
参照:宮内天王社由緒石碑

ミル
ミル

「宮内」なだけに、厳島神社の兼帯だったんだね。

五郎
五郎

兼帯って?

ミル
ミル

祭祀を行うときは厳島神社の人が来たし、修繕したりするときの費用も厳島神社が出してた。

五郎

だったら、ゆかりのお社を一つクリアできた感じだね。

拝殿。とても立派です。

稲荷大明神。境内社のようです。

同じく境内社。名称はわかりませんでした。

「宮内村上組内の神社が相殿に合祀され」とあるので、上組内に元々どれだけの神社があったのか不明ですが、由緒によれば相殿には八柱の神様が合祀されておられるので、さほど大量ではない気もします(二桁合祀されているケースも多々)。そのあたり、朝田神社(周防五之宮)のごとく、合祀された元々の神社名を書いてくれてあったらな、とちょっとだけ残念に思いました。

また、宮島本には兼帯社としてのゆかりが書かれていなかったので、着いてみるまで関連する社であることを知りませんでした。当然ながら、すべてを網羅することは誰にも不可能なわけで、このような例は今後もあり得ることから、関連する場所を余すところなく拾い出すことは実に困難である、と感じました。

参照箇所:宮島本、日本史広辞典、宮内天王社様由緒石碑、JR様おでかけネット(https://www.jr-odekake.net/)、広島電鉄様ホームページ(https://www.hiroden.co.jp/index.html)

 

宮内天王社へのアクセス

宮内串戸駅から徒歩圏内。20分もかからない。ただし、初めてだとそれなりわかりにくく、GoogleMAPのナビゲーション使用。大きくて遠目からそれと分ると想像していると、通り過ぎてしまうか道を誤る。駅から案内看板、付近に入り口はこちら矢印の類はない。

-みやじま・えりゅしおん