ミル@周防山口館

廿日市と東広島が大好きなミルが、広島県の魅力をお届けします

【取得資格】
全国通訳案内士、旅行業務取扱管理者
ともに観光庁が認定する国家試験で以下を証明
1.日本の文化、歴史について外国からのお客さまにご案内できる基礎知識と語学力
2.旅行業を営むのに必要な法律、約款、観光地理の知識や実務能力
【宮島渡海歴三十回越え】
厳島神社が崇敬神社です
【山口県某郷土史会会員】
大内氏歴代当主さまとゆかりの地をご紹介するサイトを運営しています

七尾城・案内看板

陶のくに風土記

七尾城(島根県益田市七尾)

2024/9/14  

陶家の親戚・益田氏の居城。山城跡と居館であった三宅御土居を合せて「益田氏居館跡」として国指定の史跡となっています。付近には益田氏ゆかりの寺院なども数多く、関連史跡を大量に見ることができます。山城としての難易度は普通。良く整備されています。

吉川元春館跡・石碑

安芸紀行(除廿日市、宮島)

吉川元春館跡(山県郡北広島町海応寺)

2024/6/27  

国指定史跡である「史跡 吉川家城館跡」の一部を構成する吉川元春の館跡。元春が息子に家督を譲ってから「隠居所」とするために建てられた館。発掘調査によって、かつての館の概観が明らかとなり、数々の遺構や出土品の見学ができる(出土品は歴史館で)。

大頭神社・鳥居

はつかいち町歩き

大頭神社(廿日市市大野)

2024/7/4  

広島県廿日市市大野の大頭神社とは? 推古天皇11年(603)に創建されたとされる、たいへん由緒ある神社です。厳島神社の摂社だったとされ、厳島 ...

大歳神社(明石)・鳥居と拝殿遠景

はつかいち町歩き

大歳神社(廿日市市宮内明石)

2024/6/26  

広島県廿日市市に二ヶ所ある大歳神社(神社庁様に登録がある神社としては)のうち一方。地元の方々の崇拝を集める神社という雰囲気で、あれこれの由緒看板や所在地アピールの看板などが一切なく、辿り着くのは結構骨だが、その奥ゆかしい風情は行く価値満点。

大歳神社(地御前)

はつかいち町歩き

大歳神社(広島県廿日市市地御前)

2024/6/26  

厳島神社外宮・地御前神社のすぐそば。御祭神は大国魂神。地御前、阿品、阿品台の総氏神さま。地元密着型で、人々のさまざまなお願い事にご対応可能です。出張祭典もあるので、まずは神社さまにご連絡を。

大内義興イメージ画像

イマドキ『陰徳太平記』

イマドキ『陰徳太平記』目次(二)

2024/6/28  

『陰徳太平記』の章段一覧表(二)巻六から巻十まで。尼子との決戦を目前とした大内義興の突然の死。尼子経久と子息・盬治興久との不和。安芸武田氏当主の死。各家が不穏な状態の中、毛利家だけは着々と力をつけていた。……というような流れ。

陶様イメージ画像

イマドキ『陰徳太平記』

イマドキ『陰徳太平記』目次(三)

2024/6/28  

『陰徳太平記』の章段一覧表(三)巻十一から巻十五まで。尼子晴久に囲まれ、風前の灯火の毛利家・吉田郡山を、大内からの援軍が見事に撃破。その勢いで、月山富田城まで攻め込むが、無様な敗北。大内・尼子両家の対決としては、ここがクライマックス。

大内義隆イメージ画像

イマドキ『陰徳太平記』

イマドキ『陰徳太平記』目次(四)

2024/6/28  

『陰徳太平記』の章段一覧表(四)巻十六から巻二十まで。毛利元就は次男、三男を養子にすることで、小早川、吉川両家を手に入れる。何も知らずにお気に入りの彼らを山口でもてなす殿様。しかし、宴会三昧に日々に嫌気がさした家臣たちの怒りは爆発寸前。

毛利元就イメージ画像

イマドキ『陰徳太平記』

イマドキ『陰徳太平記』目次(五)

2024/6/28  

『陰徳太平記』の章段一覧表(五)巻二十一から巻二十五まで。叛乱家臣たちの政権は安泰ではく、陶家とは永遠に犬猿の仲、津和野の吉見が挙兵。いっぽう、「定説」通りに毛利元就の策略が次々と炸裂。厳島での大博打はすぐそこまで迫ってきた。

陶長房イメージ画像

イマドキ『陰徳太平記』

イマドキ『陰徳太平記』目次(六)

2024/6/28  

『陰徳太平記』の章段一覧表(六)巻二十六から巻三十まで。厳島の合戦の「定説」なるものはほぼ、ここから来ている。この嘘、どこまで本当なのか? 悪者退治の善人が防長にまで雪崩れ込んでいく辺り、敵討ちを名目に領土広げているようにしか見えない。