福佐売神社(廿日市市可愛)

福佐売神社
CONTENTS

広島県廿日市市可愛の福佐売神社とは?

広島電鉄「廿日市市役所前」駅近くに鎮座する神社です。榎本連福佐売という平安時代の女性をお祀りしています。長らく社伝も失われ、「福島神社(福島明神)」とされてきましたが、江戸時代末期に本来の縁起が明らかにされたという経緯があります。

榎本連福佐売は、「節婦」として称えられ、『三代実録』にもその記述がある人物です。古代史の時代に実在した女性を神格化してお祀りしている神社ということになります。

福佐売神社・基本情報

御祭神 福佐売神
例祭 十月第二日曜日(旧例祭:十月十二日)
社殿 本殿、弊殿、拝殿
主な建造物 鳥居
摂末社 稲荷神社、胡子神社
(参照:『廣島懸神社誌』)

福佐売神社・歴史と概観

実在した「節婦」をお祀りする神社

『廣島懸神社誌』および神社の縁起碑によれば、平安時代の貞観年間に、この地に住んでいた「榎本連福佐売」という女性が、「節婦」として称えられた記録が『三代実録』に記されているそうです。節婦とは、「節操の正しい夫人」(角川『新字源』)。節操とは、「かたくみさおを守って変えないこと。みさお」(同上)をいいます。辞書の説明文だけ読んでもピンと来ないですが、古代史の時代の話ですから、夫に先立たれても二度と再婚しなかった、許嫁を亡くしても生涯独身を貫いたというような雰囲気でしょうか。史料には「節婦」としかないので、その先は想像するしかありません。重要なことは、古来より「節婦」と呼ばれるような人は大勢いたでしょうが、この「榎本連福佐売」さんの場合は、それが正史に記載されて永遠に記録されたという点です。当時の地元の方々も、その徳を称えて、死後にその霊を祀った神社まで造ったわけです。

正史に記載されるのがどれほどすごいことか、という詳細は、神社さまの「縁起碑」に詳しいです。律令制の時代ですから、里長 ⇒ 郡司 ⇒ 国司と情報が伝えられ、国司から朝廷に伝わり正史に載せられたという段階を経ています。単に「あの人はみさおが固い人だよ」と噂になっただけでは、ここまで面倒な手順を踏んで中央まで報告が行くはずはないですから、よほど立派な人物だったと推測されるわけです。しかも、朝廷側からは、「榎本連福佐売」に対して、税金を免除したり、その貞節が村中にわかるよう門に表彰状を掲げるなどしたようです。

祭神不明の時代

「榎本連福佐売」さんは、亡くなった後神格化されたようで、彼女をお祀りする神社ができました。これが、現在の福佐売神社であるわけですが、なんと、長きに渡り、祭神不明となっていた模様です。「福佐売(ふくさめ)」は時を経るうちに「福島(ふくしま)」と誤って伝わり、「福島神社」と呼ばれていました。神社のお名前はわかるけれども、お祀りされた神さまの名前は忘れ去られてしまった神社になってしまっていたのです。

文化十三年(1816)に、浅野長懋公(あさのながとし、縁起碑に当主の弟、『神社誌』に白杏公子とあり)が、『三代実録』の記録を調べられたものか、「榎本連福佐売」を祀る神社であることが明らかにされました。長い空白の時代を経て、神社は元のお名前に戻り、御祭神もはっきりしたのでした。

なお、「榎本連福佐売」の故事や、神社名の変遷などは、すべて神社さま入口の「縁起碑」に明記されております。

福左売神社・縁起碑
福佐売神社縁起碑

「福佐売神社 縁起
『三代実録』の貞観十四年(八七二)十二月廿六日の条に 『節婦安芸国佐伯郡榎本連福佐売、叙位二階 免戸内租、表於門閭 』とあります。則ち この土地の人、榎本連福佐売を賞して、位階を与え、戸内の租を免除し、その貞節を村の門に表彰したとの記録であります。当時、この善行は、この地 種箟郷の里長から佐伯郡の郡司へ、郡司から安芸の国司へ、そして国司から中央へと伝達され、そしてそれにより朝廷から賞され その記録を中央の正史に留めたのでありますから、正に佐伯郡稀有のことと言わねばなりません。従って、この栄誉を後世に伝えるべく、恐らくその旧地に建立されたのがこの福佐売神社の縁起であります。中世、世人はこの縁起を忘れ、俗称、福島明神として祭祀してまつりましたが、江戸、文政年間、広島藩主十世の弟、朝の長懋公の下問により、この縁起の次第を下平良村民もあらためて認識するところとなり、再び、福佐売神社として、今日に至っているのであります。王朝華やかであ□貞観の昔から今日まで、実に一千一百余歳月が流れておりますが、ここに福佐売□徳を称え、その余光が永遠にこの地の人に伝えられることを切に願うものであります。
昭和五十九年六月吉日
奉献 廿日市ライオンズクラブ
石田米孝 謹撰」(縁起碑碑文)
※一部、掲載写真からは文字不鮮明な箇所がございましたため、原文と異なる部分があるかもしれません。また、どうしても判読不能な箇所もありました。次回参詣時に修正いたします。

用語解説

『三代実録』

六国史の一つ。六番目の勅撰正史。清和・陽成・光孝天皇の時代を漢文編年体で記したもの。宇多天皇の命で菅原道真などが編纂事業に着手するも、数年で中断。醍醐天皇即位後、藤原時平・菅原道真らによって編纂再開。時平が菅原道真を追放したことで、時平の名で奏上される。年中行事、詔勅表奏の文章を詳しく掲載、日付を干支だけでなく日数も併記するといった特色がある。現存写本には脱漏が多く、補填する努力が続けられている。(参照:『日本史広辞典』1679 ページ、日本三代実録項目 )

福佐売神社・みどころ

社殿

福佐売神社・社殿

一間社流造、桟瓦葺。どう考えても、平安時代から続く社殿ではないですが、再建年代などは未調査です(『神社誌』にも記述なし)。

福佐売神社・社殿2

脇から拝見して、拝殿、弊殿、本殿を確認します。

境内社・稲荷神社

福佐売神社境内社・稲荷神社

朱塗りの鳥居と社殿から、稲荷神社と推測されます。本社ご本殿の両脇に境内社が綺麗に左右分れて並んでいました。

境内社・胡子神社

福佐売神社境内社・胡子神社

二つあるはずの境内社の一つが稲荷神社なので、こちらが胡子神社でしょう。

福佐売神社(広島県廿日市市可愛)の所在地と行き方について

所在地 & MAP

ご鎮座地 〒738-0016 広島県廿日市市可愛 2−20

アクセス

広島電鉄「廿日市市役所前駅」から徒歩圏。

参考文献:『廣島懸神社誌』、神社さま縁起碑、『日本史広辞典』

福佐売神社(広島県廿日市市可愛)について:まとめ & 感想

福佐売神社(廿日市市可愛)・まとめ
  1. 貞観年間(平安時代)、「節婦」として称えられた「榎本連福佐売」という女性を祀る神社。福佐売については、『三代実録』に記録があることから、実在した女性であったと見なされている
  2. 『三代実録』には、朝廷は福佐売の貞節を称えて、租を免除し、表彰したと記されているらしい(縁起碑、『廣島懸神社誌』に明記)
  3. 当地の人々にとって、かくも栄誉な出来事であり、神社まで造って称えていたが、時代の流れの中でその縁起は長らく失われていた。中世には「福島神社」と呼ばれ、祭神名は伝えられていない状態だった。「福島(ふくしま)」は「福佐売(ふくさめ)」が転訛したと推測される(参照:『神社誌』)
  4. 江戸時代末期の文化十三年(1816)、浅野長懋公が失われていた縁起を明らかにし、以来、「福佐売神」を祀る「福佐売神社」として現代に至る

『宮島本』の見出しもほぼコンプリートできてきたので、墓参のついでに廿日市の町歩きをするようになって数年です。観光協会さまの町歩きパンフレットに出ている観光資源をすべて歩き倒しているところですが、陶氏にも大内氏にも無関係なんでは? という場所だらけになってきて、もはやこれって、廿日市全制覇になっていないだろうかと思わなくもないのですが、やり始めると終わらないところ、御朱印集めておられる皆さまと同じです(執筆者は御朱印は集めてません。面倒なので)。

まあ、中世廿日市も、大内氏の勢力及んでいたろう(しかも藤原姓神主家滅亡後はわずかながら直轄化)と思わなくもないので、何かしら関係はあるだろうということで。そもそも、神社というものは、いつから存在していたのかわからないくらい古かったりしますし。その意味では、こちら、福佐売神社は古代史の時代からあったであろうと思しき古社です。節婦をお祀りした神社というのはこれまで初めて参詣したように思います。残念ながら、中世にはその記憶が失われていたらしいので、祭神不明の福島神社だったと考えると何とも惜しいですが。

じつは、『神社誌』に、社殿の後ろに古墓があって、福佐売のものだろうと書かれていました。帰宅後に書籍を確認したので、ええっ!? ってなりました。じつはそれらしき写真を撮影しておりましたが、やけに新しいようにも見え、現段階では公開を躊躇っております。再訪必須となりますね。

もはや「再訪必須」という言葉にも怯えなくなりました。さすがに月山富田城とか吉田郡山城の再訪は無理ですが、廿日市、しかも、町歩きでしたら何度でも可能だからです。ただし、これもかなりの苦行ではあります。神社 A から神社 B まで徒歩1時間半とかなっていたら、ぞっとしませんか? 今回(202603)それで諦めた箇所がいくつもありました。要するに方角が真逆だったりするわけです。ちなみに、広島電鉄さんの乗り放題周遊チケットが秀逸で、市街地にある寺社仏閣を回るのはとても楽です。順番間違えた……となっても、何回でも乗り降り自由なので。宮島フェリーも乗り放題ですから、地方と島すら通い放題です。ただ、元が取れるほど使い倒す人はそうはいないだろう……というのも素直な感想です。

こんな方におすすめ
  • 稀有な縁起をもついにしえの神社に関心がある人
  • 神社巡りを趣味とする人

オススメ度:(基準についてはコチラ

★★★

五郎

俺たち、宮島口から出発して、地御前を回ってからここに来たんだけど、帰る時、廿日市市役所前の駅がもろ近かった。

鶴千代

地御前の駅など、地図に見えないではないか!

五郎

宮島口 ⇒ 地御前 ⇒ 阿品東 ⇒ 宮内……と、何度も乗り降りしてるんだよ。乗り降りチケット最高! 同じ日に宮島にも渡っているよ。さらに、朝ご飯は五日市で食べてた。なので、正確には、宮島口 ⇒ 五日市……

鶴千代

神社とは無関係な話題だからもういい。乗り降りチケットは「お得」です。

ミル@周防山口館
通訳案内士、AFP、2級FP技能士
廿日市と東広島が大好きなミルが、広島県の魅力をお届けします。
【宮島渡海歴三十回越え】厳島神社が崇敬神社です。
【山口県某郷土史会会員】大内氏歴代当主さまとゆかりの地をご紹介するサイト「周防山口館」を運営しています。
CONTENTS