山口県の旅:第二日(3月2日)~下関、山口~

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さあて。一日目の内容を読んでみたが……。
あまりにもヒドかったな。
個人の旅日記は昔ながらの手帳タイプに書き込んでくれ、って感じ。
webに上げると一瞬で全国区だから。まあ、売れてないサイトだから、人目につかないけど。
本人たちが楽しいのなら、俺はそういうことは気にしないしね。
問題があるとしたら、途中でサイトを投げ出したことのほうだ。
読み返して恥ずかしくなったのか?
ただ……。見たところ、元々は三月中に書き上げたようだから、それなりに頑張っていたんだよな?
あっと言う間に、一年前の話になってしまうから、それまでにそれなりの空間にしていこう。

日程
下関→山口
下関観光→山口観光→山口宿泊

昨夜は荷物は重いし、足は痛いしで、とうとう下関の夜景を撮影できませんでした。ごめんなさい……。

今日は山口市へ向かうのですが、まずは下関をざっくり回っておかないと。夜景は無理でも、昼間の展望を……。赤間関はなんと言っても海路出陣で度々出てくるわけだし(適当)、何にせよ、陶様だのなんだのも、絶対に目にしたはずの光景であろうから。

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「陶様だのなんだの」って? もちろん、俺のファンだってことだよね?

下関観光

下関
ガイドブック程度の知識しかないのですが、下関といえば、ふぐ。ふぐはふぐでも食べるふぐではなくして、可愛いふぐのストラップを買いたかったのですが、昨夜辿り着いた時、店は閉まっていたし、大寧寺で騒ぎ過ぎたから仕方ないよなぁ。

えっと。ものすごく大まかに言って、明治維新、源平合戦、巌流島、それから、綺麗な夜景……そんなところです。多くのテーマにまたがっておりますし、それぞれ、好きな方にはたまらないですよね。

残念ながら、今回はあまり時間がなく、掻い摘んで要点を、というような感じになってしまいますが……。次に来る時は、関門海峡を渡って、博多・大宰府にも行きたいです。

なんと、お願いしたタクシーの運転手様ときたら、元・大内家臣の子孫だそうでして\(◎o◎)/! さすが地元、すごいね。

さて、下関は、いわゆるハイカラって雰囲気のレトロクラシックな街でした。そして、人口も多い大都会です。そっくりではないけれど、横浜・関内あたりの雰囲気と似ているかな(゚ー゚*?)?

史跡めぐりもできてしまうけれども、お洒落な町並みで今風なショッピングやデートも楽しめます。リア充の方はぜひ。

赤間神宮

赤間神宮
最初に入ったのがここでした。壇ノ浦で入水した安徳天皇のご遺体が流れ着いたのがこちらだそうです。

タクシーの運転手様イチオシは耳なし芳一の像だったんですけれど、なんと、写真はブレてしまっていました。次の機会にまた……。

火の山公園

下関昼景色のビューポイントとなりました。昼間は昼間でまた良きかな、です。ああ、夜景も見たかったですね。残念。

日清講和記念館

こちらは、運転手さんおススメのスポットだったんですが、確か閉まっていた……。日清戦争といわれても、思い浮かぶのは李鴻章くらいなんですが。え、違っている?

みもすそ川公園

こちらは源平合戦系の遺跡になりますね。

日和山公園

桜山神社

さらに、運転手さんイチオシスポットは、高杉晋作さん関連の史跡群。下関に来る歴史マニアはたいてい高杉晋作さんめあてだそうな。後から確認しましたが、上の二か所を訪問しておりました。
桜山神社(下関)

住吉神社

最後に、大内家にも関係があるところで〆ました。
住吉神社・長門国一之宮

下関のタクシー運転手様も、とっても親切で素敵な方でした。お名前を教えていただき、今回あまりにもざっくりとになってしまった下関にまた来ることがあったなら、ぜひゆっくりとご案内お願いします、とお伝えしました。

山口観光 一日目

かなり時間が空いてしまったため、もはや写真を見ても何がなんだか( ・_・;)

時系列的にも、どういう順番だったのか分らず。さらに、訳の分らない理由で位置情報をブロックしていた日もあり、Googleフォトを見ても、位置情報が目茶苦茶になっているものが。

さて、フォトを頼りに記憶を辿って参りましょう。

記憶に鮮明な出来事も多々ありますので、見たら思い出すかと……。なんだか、サイト全体が手書きメモみたいだ……。

正護寺

トップバッターはここでした。文字通りメインの「陶」。
正護寺&陶氏館跡(陶)

朝田神社

周防五の宮。義興様が戦勝祈願の五社詣で神馬と神楽を奉納した所です。以降、五社詣を辿って行きます。コンプできるかな(゚ー゚*?)?
朝田神社・周防国五之宮

玄済寺

覚えていますよ、ここ。忘れるものですか! ここね、一見何もなさげで無関係そうなのですが……じつは、義興様の念持仏・毘沙門天像と位牌が。目茶苦茶興奮した~。いや、「陶」に次ぐ涙ものですね。来て良かった~。
玄済寺・大内義興公霊牌所、念持仏毘沙門天像所蔵

赤田神社

赤田神社・周防国四之宮
周防四の宮。「五社詣」二つ目クリア。

凌雲寺

大内氏遺跡・凌雲寺跡
ああ……ここは……(絶句……)。今は廃寺となってしまった義興様の菩提寺。

ちょうど、発掘の方々が作業の最中でした。若手研究者のような方にお声をかけて、ちょっとだけお話ししました。

お話しを聞かなかったら、私たちは適当に「最近の」石垣を撮影しただけで帰ってしまうところでした( ・_・;)

「本で見たような」まんまの古い石垣は、かなり遠いです。道もないですし、けっこう危ない(大寧寺で転んだくらいの我々なので)。

来年とかまた来たら、発掘進んでいるでしょうかね? とうかがったら、何やら複雑な表情になってしまわれました。どこもこういう方面に使うお金はないよね(笑)。精一杯のエールをお送りし、「私たちが生きている間にすべて終わるでしょうかね?」と嫌らしい問いを。答えられないよね(^_^;)え? 婆か若い姉ちゃんかで、回答変わるだろう? そんなスパンではないと思いますがね~。いえ、応援しています。頑張ってください。

それよりも……これだけの菩提寺が今は廃墟となっていることに、私は涙を禁じ得ないのです。壇ノ浦に沈んだ平家のように、大内家も歴史の裏側に埋没してしまった、ってことだよね。少なくとも、細々と生き残っていたら、大事な菩提寺がここまで荒れることはなかっただろうと思うと……。史上最大の名君ではないですか。こんなになってしまっているなんて、悲しいよ。てか、毛利さんも、そこそこ、建て直したり、名前だけ変えたりして遺してくれたものあるのですが、なんで義興様のはこうなった? やはり、偉大すぎたからか……。つぎ、参りましょう。

朝倉八幡宮

859年に宇佐神宮を勧請したものと。古い……。
朝倉八幡宮

駆け足で来ているように見えますが、けっこうじっくりと見ております。そもそも、本日は、下関から始まっていたことをお忘れなく。そうなんです。もう、ここまでで、相当のお時間がかかっております。最後の我儘は、時間オーバー状態でお連れくださった場所です。

高嶺城跡

高嶺城跡
ちなみに……私たちは車なので、楽ちんでしたが、登山道の方は大変ですよ。しかし、しかし、車で行けるところから頂上までは、まだ500メートル……。メモにもここは「看板と石碑だけ」とあるのだし、引き返せば良いのに、何となく我儘に登ってみたくなる。

途中で後悔しましたが、半分来たら最後まで、ってなる。パリッとした制服でクールにきめてらっしゃる運転手様が、私たちの後を追って登ってきてくださったのを見たときには感激して言葉もなかった。すれ違った登山者の方は、それなりに重装備。途中、道が途切れていたため、私たちは何度も滑り落ちました。まあ、滑り落ちたのは、功山寺以来数え切れないのですが、ここは、本当に危ないです。

山頂を目指す方は、やはり登山装備でなければ。運転手さんは、登山者の方に、革靴で行かれるのですか? と驚かれたらしいです。その前に、乗客である私たちが同じく革靴で登っていますから、なんて無謀だったか。運転手さんは颯爽となさっておられましたが、私たちは全員ボロボロになってました。

運転手様には、石垣を確認する余裕がおありだったそうですが、私たちはただひたすら登って下りただけでして、石垣なんてどこにあったのか、まったく分りませんでした……。城廻は駄目な人たち、と早々にして悟ってしまいました。まあ、その後も、とんでもない登山は続くのですが。過ちから何も学ぼうとせず、ただひたすらに我儘勝手な観光客ら。

じつはですね、車で行ける所にあったのと、山頂にあったものと、立て看板の内容は同じなんです。従いまして、立て看板目当て(?)の方は、上に上がる必要はないです。ただ……上まであがったお陰で、奇蹟のような一枚が撮れましたけどね。

ドライバーのI様、本当にありがとうございました。思うに、二日目以降の方々と比較して、トップバッターで変な観光客たちを押しつけられたのは、本当にたいへんだったと思うのです。明日以降は、今日のこの「我儘勝手で横暴な連中」ってデータが入力された状況で皆さんおいでになるので、それなりに覚悟ができていらっしゃるはず。しかし、一日目はいわば、何者かわからない、エイリアンで、しかも、突如として出現した感じですもんね。本当に、本当に、お世話になりました。

さて、山口にいた間中飲んでいた私のお気に入り。

お疲れ様でした。ありがとうございます。

ライターS.A.

リニューアル前公開日: 2020年3月21日 16:25

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うーーん。単にリンク貼っているだけのこのページの存在意義はなんぞ?
確かに、ここでしか分らない「裏の事情」ってのは分った。
淡々と観光案内のようにやるのではなく、こんなことが、あんなことがあったんです~ってのは。
要は、それをきちんとした案内記事の中に、どんな風に織り交ぜていくか。
これだけ読んでいると、マジ中学生の感想文なんだよね……。
あ、俺、あいつらがサイトを閉めた理由が分ったかも(笑)