高祖帯刀イメージ画像
 敷山詮胤父子が案じていたとおり、有川家が最初に目をつけたのは、久津尾崎城であった。城井谷から当主の昌興率いる五万、小倉から乃木直盛率いる五万、さらに中津から一条恒持率いる五万、計十五万の大軍がこちらに向かっていると聞き、例え城井谷の背後は味方の城ばかりだと言われても、一時的に十五万対五万となってしまった詮胤は身の危険を感じた。恐らく、想像した通りに血祭りに……。
「父上、やはり、我らは見捨てられたのでしょうか……」
 いかな戦馬鹿とは言え、やはり多勢に無勢。しかも、率いているのが「妖術使い」の親玉ともなれば、やはり恐怖を感じる。
「いや、心配は要らぬ。殿が我らを見捨てるはずがないではないか」
 当主の隆邦は義理堅い男だ。叔父と従弟を見捨てるはずはない。

 三方から久津尾崎城に向かう大軍は、府内の高祖帯刀にはまる見えだった。
(戦馬鹿の面目躍如だな……)
 有川昌興は、本拠地を空にして全軍突撃していた……。

 これまで、この方法が上手くいっていたのは、進む先々が無抵抗な雑魚どもの小城であったことと、あの小僧が空になった城をその都度、満タンにしていたからにほかならない。ゲーム機の画面を確認すると、思ったとおり、全軍出撃後の城内は出撃したはずの五万と同数の兵力が、すでに補われていた。
 ここで城井谷を壊せば、小僧は瓦礫の山に埋もれて命を落とすはず。有川家の命運もここに尽きる。そう、「成人」してしまった千寿の姿は、すでにゲーム機から確認できるようになってしまっていた。城井谷にいることは間違いない。
 帯刀は、千寿改め有川昌春の能力値を確認。自らの優秀過ぎる能力値と比較して「雑魚」と片付けたいところだが、実は「知略」だけ、負けていた。山田は千寿に教えてくれなかったが、能力値は実は「成長」する。鍛えれば鍛えるほど「経験値」が貯まって数値がさらに上昇するのである。
 元々お互い120のカンスト状態で設定されていたこの二人だが、大内の間抜け殿のところから始まって、あれこれの悪だくみ(?)を働かせてきた千寿の「知略」はさらに磨きがかかり、もはや成長後の能力値のカンスト150寸前であった。
 その一方で、帯刀のほうは、陶隆房の調略一つ成功にこぎ着けていなかったから、まだそこまでは成長していないのである。勿論、まだ戦に出た事のない千寿は統率だの武勇だのの能力値が育つはずはないから、それこそそれらの数値が150になってカンストしてしまっている兄の昌興には遙かに届かない。
 一方、帯刀や敷山隆邦も九州をまるごと平定する寸前まで闘い続けているから、それに近い数値になっている。しかし、やはり「知略」がこの小僧に及ばないということが、帯刀にはどうしても許せない。ならば、それこそここで数値をいじくり、城井谷城ごと千寿を葬り去ればよいと思うのだが、それはできないのだった。

 なぜなら、ここまで来たら、やはり、この小僧は自らの手で、知略と知略を戦わせた上で、潰さねばならない、という思いになっていたからだ。まさか、この帯刀がこのような子ども一人を倒すことができずに、インチキな手を使い、このような南蛮渡りのシロモノで片付けたとなっては、沽券に関わる。
 なんとも、訳の分らないこだわりで、千寿の命は繋がったようだった。しかし、敷山家いや、高祖家に「敗北」の二文字は相応しくない。「雑魚」よりはマシとは言え、帯刀から見たら能無しの、詮胤父子とて、有川家の手で命を奪われるようなことになっては困るのである。九州の地にあるいかなる城も、決して有川家に渡すわけにはいかないのだ。