陶隆房イメージ画像
 若山城下の外れ。どうと言うこともない一軒の旅籠があった。捏造のお陰で、町は栄え、商業も発達していたから、人の行き来も盛んである。そこで、遠くから城下に物を売りに来る者、または買いに来る者のため、こうした旅籠も珍しくはない。しかし、その店は特別だった。
 店の奥にボロい木戸があったが、問題はその店というより、この木戸なのである。そう、恐らく殆どの読者はとっくにその存在さえ忘れてしまったと思われる、あの「雲外門」の木戸なのであった。しかし、あの木戸が何故このような場所に? それには、少しばかり説明が必要だ。
 山田こと鷲塚昭彦は合計10の木戸を作った。しかし、その殆どは、有川家に落とされた大内家の城から山口城へ運ばれ、そこで有川昌興の命令によって壊された。しかし、陶隆房の若山城、毛利家の吉田郡山城、そして、九州の大内家の城にあったものについてはその後どうなったのか不明である。
 隆房は、もはや無用の長物となったそれを、見かけがボロいだけに、自分の城には似つかわしくないとして破棄。毛利家に関しては、一度千寿がこれを使って現れただけで、なんの役にも立たない謎のシロモノであったが、大内家から独立した際にやはり破壊していた。
 だが、九州・大内家所属城のそれらは、まだ奇跡的に残っていたのである。大内義隆は様々な騒ぎの発端となったこのまがまがしい木戸のことを、すっかり忘れていたし、面倒なので放置していたからだ。
 そして、連合結成とともに、「盟友」となった敷山家の「命令」で、それら全てが没収された。全てと言っても、ちょうど二つしかなかったのだが。敷山家にとってはそれで十分であった。
 そして、その夜、その木戸を通って一人の人物が若山にやって来た。見覚えがある美男。と言っても、高祖帯刀ではなく、「準」美男のその兄・隆久であった。
 しかし、この木戸、いや「雲外門」は、登録して、相互フォローにしておかなければ使えない。しかも、鷲塚の詐欺行為の目くらまし道具であるから、一度登録した者を解除する事も無理だった。
 よって、大内義隆、千寿、他一名の城主(九州にあったのだから、恐らく、それらの城の城主であろう)以外は登録されていないはずのこの木戸から、この男が出てくる事はあり得ないのだが……。しかし、実際に出てきたのであるから、謎は謎として先へ進むしかない。
 千寿がいなくなった若山城では、ほぼ毎日のように隆房の怒りが爆裂し、家臣は辟易していた。
「家臣の家臣になど、誰がなりますか」千寿の言葉が耳にこだまし、隆房は思い出すたびに癇癪玉を破裂させた。既に、数人の下々の家臣が犠牲となっている。
 この日は、朝から大騒ぎで例の公家趣味の寝所を取り壊し中。更に、追い出していた妻子を呼び戻す為、指月城の内藤家に使いをやったところである。
「隆房様……」
 逆鱗に触れて罪に問われる恐怖に怯えながら、江良が主の所にやって来た。
「何用だ!?」
 言うなり隆房は江良目がけて、硯を投げつける。
 一言声をかけるだけでこの有様である。江良は上手いこと硯を両手で受け止め、怯えた声で切り出した。
「そ、その……。隆房様にお目にかかりたいという者が参っておりまして……」
 千寿以外、いやあの裏切り者の小僧も含め、誰の顔も見たくはない。
「追い返せ」
 江良は恐怖に震えながらも、立ち去ろうとしない。
 これは、また、昌興からなにがしかの「横暴」な使いが来たのに違いない。
「訪れたのは何者だ? 用件は?」
「その……用件は分りませぬが、高祖隆久様というお方でして。この書状を……」
 隆房は差し出された書状を突き返した。聞きたくもない名前だ。その書状共々消し去りたい。いや、待て。消し去るためには、城内に招き入れねば。
 そもそも、交戦中の敷山家の人間がなぜこの若山に?
「会ってみるとするか」
 隆房がそう呟くのを聞いて、江良は大急ぎで「客人」を呼びに行った。