高祖帯刀イメージ画像
 千寿と隆房の、四国での珍道中の間にも、世の中は大きく動いていた。
 昌興は山名家を滅ぼし、今は備前の浦上家を攻めている。
 一方で、九州では、敷山家が豊後を手に入れ、昌典は宇部と山口以外の全ての城を失った。
 次は我が身と、九州の大名達は皆、恐れをなした。誰しも、一条家のように、例え臣下に降っても、領国と家名とは残し伝えたいと考えている。そこで、大友、島津といった大大名家はこぞって付け届けの品を持って隆邦の元を訪れ、暫しの間でも盟約を結び、あわよくば永遠に臣従してしまおう、などと目論んだ。
 そして、「一応」大大名家のあの殿様も……。
「冷泉はおるか」
 立花山城の執務室で、大内義隆はいつものように冷泉隆豊を呼びつける。
 毎日の日課とはいえ、冷泉は疲れ果てていた。何もかもを一人でこなしている上、主は自分の頭で物を考えるという事をしない人種。やらねばならぬことは山ほどある。この上、つまらない愚痴を聞かされるのはまっぴらごめんだ。

「御用でしょうか?」
 さすがの忠臣も、ぶっきらぼうに答える。
「聞いたか、例の敷山隆邦だが……」
 殿様は不安でたまらないのだ。何しろ、敷山隆邦の父、興胤は大内家を追い出された(実際には出て行ったのだが、やや聞こえが悪いため、『追い出した』ことにしている)身であるし、何の因果か、その本拠地・高祖山は立花山城の隣だ。あの戦馬鹿・有川家の城も落とされたくらいだから、どれほど強いのか想像もつかない。そんな恐ろしい者がすぐそばに城を構えている。この先どうしたら?
「あの戦馬鹿と手を結んでおれば、安心だと思っていたが……今度は別の戦馬鹿が……。我らはどうすれば良いと思う? 昌興が助けてくれるかの? 援軍などを……」
「御館様、有川家とは、停戦を引き延ばし続けているに過ぎません。盟約を結んでいるわけではないのですから、援軍は参りませぬ」
 何と! 助けてはもらえないのか……。
「で、では、援軍が参るように……その、盟約とやらを……」
「盟約を結べるほど、有川家と親しい関係にはございません」
 冷泉はやや馬鹿にしたように言った。既にこの城の中では、殿様より冷泉のほうが貢献度が高い。これほど頼りにされているのだから、もはや媚を売る必要は全くない。
「……親しい関係、とは?」
「我らは嫌われております」
「き、嫌われている?」
 かつて、殿様は昌興を「田舎者」と馬鹿にし、弟の千寿を御前に呼びつけて、好き放題に扱っていた。気に入られる要素は何一つない。
「停戦を延長するために、毎度毎度それがしがどれほど力を尽くしているかご存じで? しかし、これ以上はもはや難しいでしょうな」
「な、なぜだ?」
「九州の惨状をご覧になればお分かりかと」
「お分かりかと」と振られても、殿様にはさっぱり分らない。

「有川家の九州の城は全て敷山隆邦に侵されたのです。これ以上は放って置けぬでしょう。恐らくは、昌興自ら九州に乗り込むか、あるいは隆邦が周防を侵すのが早いか……」
「な、なに!? で、では、そなたは、昌興と隆邦が戦を始めると申すのか?」
 互いに潰し合うという乱世のならいすらわからぬのだ。我が主ながら聞いて呆れる。
「当然でございましょう? どちらかが倒れるまで続くはずです」
「で、では、我らは? 昌興が九州に入るにしても、隆邦が周防へ向かうにしても、いずれにせよ我らの領国を越えていくしかないではないか?」
「そうですなぁ」
 あわせたら数十万近くになるかもしれぬ大軍に踏み荒らされ、草木も生えないほどに荒廃する領地など想像するのも恐ろしい。いや、それよりも先に、城はどちらかに奪われ、家も潰されてしまうに相違ない。しかも、それらの「悪行」をしたい放題に、我が物顔で行おうとしているのは、元々は自らの配下であった者たちだ。
 まあ、今となっては勝手に独立したこと云々に関しては目をつぶってやっても構わぬが、相手の側も、多少はかつての主に礼儀を尽くしても良いのではないか? 無論、そんな話が通じる連中ではないことくらいは、殿様にも理解できた……。
「……わ、わしは、関係ない。戦馬鹿同士の争いに巻き込まれてたまるか。そなた、何か良い考えは?」
「ございません」
 冷泉はキッパリと言う。
「ございません? だと? 何か考えるのがそなたの仕事であろうが」
「もはや我らに生き残る道はないかと」
「……」
 その恐ろしい言葉を聞いても、殿様にはもう言い返す気力もなかった。
「有川家と手を組めば、敷山家に侵され、敷山家と手を組めば有川家に侵されます。そもそも、我らと手を組んだところで、あの者達にとってなんの得るところもありませぬ。ちょうど両者がぶつかりあうのが、我らの領国の上、あたりでしょうか」
 冷泉が淡々と言うのを聞いて、殿様は震え上がった。