鷲塚昭彦イメージ画像
 2×××年。都内某所。
 立ち食い飯屋のカウンターの前で、鷲塚昭彦とジョニー吉田が話していた。
「次の『航海』だが、今度は大量にお宝を仕入れてくれないと困るぜ」
 吉田はそう言って、きつねうどんの油揚げをまるごと口に入れた。
「どうやら、お宝を買うという習慣のない家のようだ。アドバイスはしておいたが、その通り買い入れているかは分からん」
 既に注文した天丼を食べ終えている鷲塚は、食べながら話す吉田のマナーの悪さに眉をひそめながら答える。
「だったら、もう、ほかの所へ行けよ。例えば、俺のもとクライアントの足利とか。秀吉だの家康だのでもいいんだぜ。あ、いや、家康はだめだ。やめたほうがいい」
 吉田は何かを思い出し、カウンターの上の唐辛子の瓶を取ると、うどんの中に大量にふりかけた。
「こないだ、あんたみたいに座標を打ち間違えちまって、『生類憐みの令』とかいうのをやっている時代に着いたんだが、犬っころを蹴飛ばして、殺されるところだった。
 そのあとは、何やら『贅沢禁止令』とかをやってるところに飛ばされたが、それこそなにもねえんだよ。将軍様とやらに手紙を書いてもらったが、俺の持ち込んだつまらねえもんをやたら気に入っちまって、手紙の中に俺の名前を書こうとしやがるから、適当な家来宛に書いてくれって分からせるのが大変だった。
 まったく。いくらにもならない紙きれだけで帰国とはな。今度はもう毛利の手紙はだめだからな」
「君と違って、私の『航海』には金銭以外の目的があるのだ」
 鷲塚は不満げに眉をひそめた。
「ああ、わかった。もういいから。くだらなくてきいてられねえよ。その変なガキに入れ込むのはいい加減にして、あんたももうちょっとまともなことに投資しろよ。例の小粋旅館の株はどうなった?」
 鷲塚は聞こえないふりをした。
「あの美人社長、いい女だなぁ……。俺もまともだったら、ああいういい女と一緒になれたのかも知れん。あんな北条なんて金持ちより、親父のほうが倍はすごいからな」
 吉田はずるずるとうどんをすすりながら、続けた。
「何やら、親同士が決めた縁談とかいう、前時代的なもんだってな」
「国内最大のホテルチェーンが、国際観光都市日光にだけ配下のホテルがなかった。小粋旅館を傘下に収めればその穴が埋まる。そういうことだ」
「そうだな。で、隠居爺の一存で、あのにやけた優男に嫁がされた女社長が、実は命の恩人のタイムマシン技師に片思いしていた、って噂を知ってるか?」
「命の恩人?」
 鷲塚は思わずメガネのブリッジを持ち上げた。

 木下綾香との馴れ初めは、まだ新米のタイムマシン技師であった頃、宇都宮大学の考古学研究室の担当を任された時だった。ちょうど、学会で海外からの教授達が来ており、鷲塚もメンテナンスの帰りに一緒に来ないかと誘われ、ホテルのラウンジで、一行とともにコーヒーを飲んだ。
 その時、少し離れたテーブルで、何やらウエイトレスの応対が悪いとかで、難癖をつけている海外からの観光客がいた。原因は分らないが、素直に詫びているウエイトレスに対して、観光客は声を荒げ、しまいには大の男がか弱い女性に向かって掴みかかった。
 その様子を見るに見かねた鷲塚が止めに入ると、今度は鷲塚に向かって喚き始めた。どうやら、コーヒーのおかわりを入れに来たとき、ウエイトレスの肘が観光客に触れたとか触れないとか、そういうことらしい。
 日本語が通じないらしいと分かり、鷲塚がウエイトレスにそっと尋ねたが、そもそも、いちゃもんで、そのような無礼な事はしていない、とのことだった。よくある鬱憤晴らしに誰彼構わず当たり散らす輩だ。鷲塚が正義の鉄拳をお見舞いしようとした時、颯爽と現れた女神のような女性が、木下綾香だった。
「お客様、どうかなさいましたか?」
「この女が、無礼にも私の顔に肘鉄を食らわせてきたのだよ」
「そうですか。ご不快な思いをさせてしまい、たいへん申し訳ございません。よろしければ、もう少し詳しくその時の状況をお話いただけませんでしょうか?」
 流暢な英語で毅然とした態度で対応する木下綾香に、クレーマーと思われるその観光客はたじたじとなり、逃げるように姿を消した。