千寿イメージ画像

 さて、恐ろしい尼子十旗の存在を知らぬ千寿と、主君の出陣命令を無視して、弘中一人に行かせた隆房は二人してコスプレごっこを続けていた。
 その間にも昌興は進軍を続け、宍道湖北岸に本陣となる城を築いていた。その地は、期せずして、史実上、毛利元就が月山富田城を落とした時と同じ荒隈であった……。
 例の尼子十旗は、実は弱かったのか、それとも有川家が強すぎたのか、戦わずして次々と降伏した。ここは、捏造の加えようがなかったから、千寿の功績ではない。
 そんな中、山吹城から密使がやって来た。
 差し出された書状を見て、眉をひそめる昌興。
「殿、いかがなさいました?」
 傍らに控える徳山隆幸が言う。
「山吹城も降伏すると。こうまで不忠者が蔓延っているとは……世も末だ。しかも、何なのだ、この者の要求は?」
 地に投げ捨てられた書状を拾い上げ、目を通したのは、似合わない甲冑姿の昌典であった。結局の所、隆房の三城と昌典の宇部とは、それぞれわずかに一万の兵しか送ってこなかった。城を空にして出陣しては、留守が危ない、と言うのがその理由である。しかし、どういうわけか戦嫌いのはずの昌典自らが従軍していた。
 宇部の城下で、「戦馬鹿」を探し、戦はそのものに任せ、自らは知恵を働かす側に回ろうと決めたはずであったが。戦馬鹿は見付からなかったが、そのかわりに、戦に長けた元・長尾家の宇佐美定満と同じく元・武田家の高坂昌信という者が、昌興から「下賜」された。ならば、それらの者を派遣すれば良いように思えるが、そこは何やら「思惑」があるようだ。
 昌典はその書状を読み、嘲笑を浮かべて言った。
「面白いではないですか。この者の意に従ってやるのも良いかと。戦わずして勝つ事が第一です。降伏してくる者は、無条件で受け入れてやるのがよろしいかと」
「何が面白いのです?」
 隆幸が書状を受け取って読んでみる。
「おお、この伊秩祐兼なる者は、あの、伊秩祐孝の父親です。ここで降伏などすれば息子に累が及ぶことを考慮したのではありますまいか?」
「伊秩祐孝? 先に山吹城を落とした大将か」
「はい。尼子家では一二を争う猛将ですぞ」
 昌興は少し考えていたが、この件については昌典に一任した。

 そして、一同は引き続き、軍議を続ける。
 城が築かれている月山は標高190メートルほど。麓に流れる飯梨川を外堀として、山頂まで、何段もの郭に守られていた。


「攻め口は三カ所。菅谷口、御子守口、塩谷口しかない。三手に分れて総攻撃を行う」
 昌興が地形図を指して説明した。
「菅谷口は隆幸、御子守口は隆兼殿、塩谷口はわし自らが兵を率いる」
「お待ちを……それは危険です。この城の守りは堅いことで有名。諸将も勇猛果敢です。どのような反撃があるか分りませぬ」
 井上尚正が主張した。
「殿自らがお出にならずとも、この老骨に鞭打って……」
「何を言うか。総大将自ら出陣してこそ兵の士気も上がるというもの」
 戦馬鹿めが。昌典は密かに嘲笑していたが、ふいに何かを思いついて、尚正に同調し始めた。
「尚正の申すとおりです。兄上自らご出陣なさる必要などないかと。そもそも、これだけの大軍です。敵は既に戦意を喪失しているでしょう。囲んでいれば自然に兵糧がたたれて開城せざるを得ないはず」
「そなたは補給路の確保に専念しておれば良い」
 昌興は言いだしたらきかない。
「そうですとも、殿の勇姿を見れば、敵兵は恐れをなして退却すること間違いなしにございます」
 戦馬鹿二号の徳山隆幸が主を鼓舞する。
 昌典は何やら汗だくになっていた。この時、頭に浮かんだのは、敵兵の流れ矢にあたって倒れる兄の姿であった。仲が悪いとは言え、多少は血縁者としての情は残っており、いや、その血縁者であることが大問題であった。あれほどまでに、「自分こそ大名に相応しい」と不満を述べていた昌典であったが、昌興に今ここでもしものことがあったら、「総大将」に祭り上げられるのは自分である。それが恐ろしいのであった。
「我が殿はまさに西国無双。敵の矢もはね返し、太刀をも通さない無敵の鬼神ですぞ」
 隆幸の「追従」ではなく、心から崇拝するがゆえに発せられたその言葉を聞きつつ、昌典は今にも気が遠くなりそうであった。
(だから、私は従軍などしたくなかったのだ……この戦馬鹿は、本当に突撃しかねない。何が矢をはね返すだ。それこそ、妖術使いではないか。もしも、命を落としたとしても、私は総大将になどならぬからな)