千寿イメージ画像
 若山公家館……いや、陶隆房の若山城に朝が来た。
 読者諸氏も歴史の教科書などでその絵を見たことがあるであろう、天蓋付きの寝台。源氏物語や枕草子の時代を描いたものとして出てくるあれだ。この館、いや城の寝所の中にあるのは如何にもそのようなものであった。
 しかし、その帳の内側で、愛欲の果てに疲れ切って、朝寝坊を決め込んでいる二人組は、一応戦国時代の男と少年であった。
 その主従関係は複雑すぎて、一言では言い尽くせない。一方で、家臣とその主君の弟であり、また一方では、とある家臣とその寵童であった。
 こんな形の同棲関係も早二月に及び、さすがの千寿も、隆房同様、幼くして怠惰な生活に溺れてしまっていた。
「殿、山口より早馬の使者が参りました」
 部屋の外で、小姓の声がした。
「朝早くから何なのだ?」
 既に昼時であったのに、隆房はまだぼんやりして、頭も痛かった。
「何なの?」
 千寿もだらしなく隆房の腕の中でへたばったまま文句をつけた。
「ああ、面倒だ。掻い摘んでその場で要点を言え」
 隆房は横になったままそう怒鳴った。
「毛利家より援軍の要請が。昌興様は尼子攻めの準備でお忙しいので、毛利家への援軍は殿に、と」
「援軍?」
 隆房は起き上がって目をこする。千寿はその場に隆房を押し倒した。
「援軍なんか無視」
「しかし、昌興様の命に背けば……」
 隆房は面倒くさそうに言った。
「こっちだって、尼子攻めにかり出されるんだよ。その上毛利の援軍なんか出せない」
「しかし、どうせ毛利を攻めてるのは尼子だろう? 同じことではないのか?」
「全然違ーーう」
 千寿は隆房の耳を引っ張った。
「毛利の城は尼子に落とさせるべき」
「は? なんだと」
 隆房は再び身を起こした。
「岩国から兵二千、適当にそこらのきいたことない大将で出陣して」
 千寿は部屋の外の小姓に向かって怒鳴った。
「二千では何もできんぞ?」
 隆房は目を白黒させている。
「こんなの形だけでいいんだよ。もしも、援軍要請を無視したら、毛利のやつらがまた、盟約違反だとか文句をつけてくるでしょ? でも、一応出しとけば何にも言えないから。それと、二年ものあいだ攻めることが出来ない毛利の城なんて邪魔なだけなんだよ。だから、尼子に落としてもらって、攻め込めるようにしてから、その城はこっちで頂く」
「なるほど……」
 せっかくの夢の国から、無理やりに現実に引き戻されてしまった二人は、仕方なく起きることにした。
「昌興様は我らに十五万の大軍すべてを山口に送れと……」
 隆房は着替えながら、ブツブツと文句を言っている。
 若山以外に、岩国と敷山に築城し、それらすべてが五万の大兵力となっていることは、すべて昌興の耳に入っていた。
「本当は、兵力なんていらないんだけどね」
 千寿はくすっと笑った。それが、よく聴こえなかった隆房はもう一度聞き返したが、千寿ははっとして口を噤んだ。
 ゲーム機を用い、尼子家の城を丸裸にすることは、隆房にも秘密だ。
「まあさ、大量の兵力を連れていくことしか知らない戦馬鹿なんだよ。自分のと合わせて、一体どれだけの数になるのかわかってないんだ。囲むって言ったって、普通数十万も行ったら、先頭が敵城に着いても末尾はまだ国境かも。まあ、あの忍者砦の連中みたいに大軍におったまげて降参すればそれで良いんじゃないの?」
「小賢しいように見えて、やはり子どもだな」
 隆房は笑った。
 千寿は例によって、ぷいっと横を向いて拗ねている。
「小賢しいって言うのは、悪口だからね」
 隆房は愛しい公家の稚児を抱き寄せて耳元で囁いた。
「賢い、の言い間違いだ」
 尼子家の先代・尼子経久は、主君・京極政経より独立し、その後、山陰・山陽十一州を手中に収める大大名家にまで昇りつめた。今は、孫の晴久がその後を継いでいたが、中国地方で大内家に継ぐ大国であることにかわりはない。そして、その大内家が、配下であったはずの有川家に周防・長門から追われた後、尼子・有川両家の正面衝突は避けられぬところとなった。
 尼子家の居城・月山富田城は、南北朝時代には山名氏、室町時代には京極氏と、歴代の守護の本拠地とされた。その規模は巨大で、天然の地形を利用した堅城でもあった。
 出雲の国内には、この巨城を守るべく、白鹿、三沢、三刀屋、赤穴、牛尾、 高瀬、神西、熊野、真木、大西の十の支城が築かれており、尼子十旗と呼ばれていた。そして、さらに、これらの支城と月山富田城を繋ぐルートにある十の城砦を尼子十砦と呼んだ。
 文字通り、鉄壁の防御が張られた、まさに難攻不落の城であった。
 そして、周防・長門から見るとその手前にある山吹城。これは、前回、陥落寸前のところを有川家に放棄され、今は尼子家のものとなっていた。ここも、もともと、なかなかの要害の地であったが、千寿の捏造によりさらに堅固となって、一時は月山富田城をも凌ぐ勢いであった。
 しかし、少し前に、またしても謎の大地震に見舞われ、今は半壊していた。
 尼子晴久は、先にここ、山吹で有川軍を撃退……できぬまでも大打撃を与え、その後、本拠地で迎え撃ち、徹底的にやっつけるつもりであった。しかし、その目論見は外れ、山吹城は放棄せざるを得なかった。