千寿イメージ画像
 さて、恐らくはこちらの世界では初の「クリスマス休暇」を千寿に与えた山口館の主・大内義隆であったが、そのくりすますとやらが過ぎたはずなのに、千寿は帰って来なかった。
 まあ、朝一番で戻るとは言っていなかったが、傍に千寿がいないとあれこれと困るのである。傍には大量に見目麗しい稚児がいたが、こんなもの、隆房や千寿に比べたら塵芥である。多少、目鼻立ちが整っているだけで、気は利かないし、頭も悪い。さらに不器用である。
 もう、どこの誰の縁者かも忘れた小姓が、墨をするときに手が滑って文机を汚してしまった。殿様は怒りを爆発させ、もう少しでその場で死罪を申し渡すところであった。
 哀れなことに、これらの稚児達が百人集まろうとも、たった一人の千寿には敵わない。この中の誰が、殿様に代って書状を読み、あれこれの揉め事の収め方を考えてくれるのか。無理である。
 そして、千寿は、囲碁を打っても将棋を指しても、常にきっちり三目・三手だけ負ける。本当は勝てるのに、常にきっちり三つだけ譲るのだ。そんな心遣いが出来る者が他におろうか?
 隆房など、容姿は千寿より数段美しいが、そのような気遣いが出来ない男だ。子ども時代から、やたらに偉ぶって可愛げがなかった。それこそ、他の家臣達が陰口をたたくとおり、見目麗しく、生まれが高貴であったから気に入っただけである。
 だが、千寿はあの、いまいましい戦馬鹿の有川昌興の弟。元々が宇部の田舎者で、しかも、生母は飯炊きの女だったという。にもかかわらず、ここまで殿様に愛されたのは何故か。そう、賢かったからである。

 殿様はもう、これらの馬鹿な稚児どもを全員お役御免とし、千寿一人を寵愛しようと心に決めた。というより、現状そうなっていたが、これまでは、まるで置物のように、これらのその他大勢も部屋に置いていた。しかし、たった今、それらは全て無用の長物と分ったのだ。
 うむ。子作りは仕方ないとして、後は夜も日もずっと千寿だけを傍に置こう。このような、うつけどもは何の役にも立たぬどころか、目障りだ。殿様はそう思い、またその気まぐれを仰々しく申し渡そうと相良武任を呼びつけた。
 ところが、呼びつけるよりも早く、血相を変えた相良が部屋に転がり込んできた。
「お、御館様ーー一大事にございまする!!」
「何なのだ? 騒々しい」
「た、たった今、毛利家からの使者がこれを……」
 そう言って、書状を一通差し出す。
 ここで、千寿が鶯のような可愛らしい声で書状を音読してくれたら何と心地良いことか。しかし、醜男のだみ声でも、自分で読むよりは「ラク」だ。
「掻い摘まんで要点を申せ」
「か、掻い摘まむもなにも……」
 相良は額の汗を拭いながら、文机の上に書状を広げた。
「この盟約、なかったことにして頂く。敵は山口館にあり! 毛利元就自署&花押」
 殿様の目にはそう読めた。
「な、何なのだこれは!?」
 しかし、このふざけた内容は紛れもなく、元就直筆であった。
「いえ、ですから、もはや我らに臣従することはやめると……」
「そんなもの、見れば分るわ!! 何故こんな無礼な事を言って寄越すのか、と聞いておる!!」
 そんなこと聞かれても相良に分るはずはなかった。

 間抜けな主従二人は、暫し呆然とその無礼千万な書状を見やっていたが、先ずは殿様が立ち上がり、書状を破り捨てると、珍しく本気になって命令した。
「すぐに隆房を呼んで、戦の支度を致せ。毛利など一捻りで蹴散らしてやるわ!」
 相良が今にも実行に移そうとしたその時、伝令が駆けつけた。
「若山の陶隆房と櫛崎の青景隆著が相次いで挙兵しました」
「きょ、きょへいと言ったか?」
 殿様には意味が理解できない……。
 そこへ、第二の伝令が。
「宇部の有川家が、我らに宣戦布告を……」
「な、なに!?」
 殿様は力なくその場にへたり込んでしまった。
 事ここに至り、漸く事の次第が分かって来たのだ。
「御館様、恐らくは有川家と毛利家、それに陶と青景は呼応しているものかと……」
 恐る恐る口を開いた相良は、その場で殿様に蹴り飛ばされた……。
「わしがそんなこともわからぬうつけだと言いたいのか!?」
「……め、滅相もありませぬ……お、お許しを……」