鷲塚昭彦イメージ画像

 周防国・山口館の中庭で一人の少年が鞠を蹴っていた。

 年の頃は一三、四といったところ。
 雅な衣装に薄らと化粧を施した顔はなかなかに愛らしい。
 どこぞの時代もの祭に参加している、稚児行列の一人とか、可愛らしい雛人形などを想像してくれれば大差ない。
 絶世の美少年とは言えなかったが、容姿は整っており、人好きのする顔立ち。
 恐らくは、年長者には可愛がられ、同世代には友達になりたいと思わせる、そんな羨ましい者がたまにいるが、彼はまさにそんな感じだった。
 あまりに容姿端麗で、異性の心をときめかせると、同性から妬まれたりする。しかし、どちらかと言うと母性本能をくすぐるほうなので、性別を問わず構ってやりたくなるタイプだ。
 純真無垢で、穢れのない天使のような少年。
 しかし、きりっとした眉にはやや気の強そうなところがあり、人を惹きつけるその双眸には、聡明さが溢れていた。
 右の足でぽんぽんと何度も鞠を蹴り上げ、落ちてくるとそれをまた蹴る。
「いち、に、さん、し……二十九、三十……あ……」
 三十まで数えた時、鞠は彼の足の上には落ちず、地面に転がった。
「……つまんない」
 少年は溜息をつき、足元の鞠を遠くに蹴飛ばした。
 その男が、空から降ってきたのは、ちょうどその鞠が転がったあたりだった。
「え?!」
 少年も驚いたが、降ってきた男も驚いた。
 男はパリッとしたスーツを着こなし、七三に分けられ、きちんと整えられたヘアスタイルにはかなり特徴があった。右の前髪を額に垂らし、その毛先にはウエーブがかかっている。
 強いて言えば、某テレビ局のドラマ『ハゲワシ』に出てきた、鷹津に似ていなくもない。例の髪型は、何やら2020年近くを生きる我々にはあまり見慣れぬものだが、あのドラマの冒頭部分は1980年代~90年代のバブル全盛期を取り上げていたので、その頃に流行っていたものらしい。切れ長の細い目と、180cm近くありそうな長身は、鷹津を演じていた俳優そのものだ。更に、細長いフレームの銀縁メガネがトレードマークだったが、この男もまったく同じようなものをかけていた。
 しかし、文字通り空から降ってきた際、無様に地面に転がって、痛た……などと、尻をさすっていた姿はお世辞にもカッコいいとは言えず、やはり鷹津とは似ても似つかなかった。
 少年は、この男が空から降ってきたことと、そして、我々からみたら至って普通のその男の服装におったまげて、ぽかんと口を開けていた。
「ん? 何かトラブルが?」
 男はブツブツ言いながら、何やら端末機器を取り出して調べていたが、どうやら探したい情報が見付からぬようで、目の前で固まっている少年に向かって尋ねた。
「えーと、この場所は?」
「……」
「見知らぬ大人と口をきかぬように、などと言われているのか?」
 男はもう一度端末をいじくってみたが、やはり結果は同じだったようだ。
「おかしい……どこで間違えたのか? ここは、織田信長の安土城、ではないようだな。あるいは、平安時代などに飛んだのか? どうやら座標を打ち間違えたらしい。とんでもないミスを……。君の名前は? ここは何時代のどこの城なのか、教えてもらえないだろうか?」
 少年は怪訝そうに男を見ているだけで、何も答えない。
 男は愛想笑いを浮かべつつ、少年の鞠を拾って手渡そうとしたが、受け取りを拒否された。相当警戒されているようだ。
「どうやらこのような公家趣味をやってるところからして、桶狭間以前の今川などに飛ばされたようだ。意外に近いしな。しかし、安土城に来れなかったとは。苦労したのだが……」
 確かドラマの鷹津は、口数が少なかったと記憶しているが、この男は独り言まで一々長い。
 男が地団駄踏んで悔しがるのを見ながら、ようやっと少年が口を開いた。
「織田信長とか、安土城とか、何なのだ? そもそも、その怪しげな装束は何だ? 南蛮人か?」
「何やら偉そうな餓鬼、ではなくて、お子さんのようだ。もしや、どこぞの殿様のご子息とか、そういう方では?」
 少年はまた口を噤んだ。完全に男を危険視しているようだ。
「私は決して怪しい者ではない。普通のセールスマンだ。名前は山田太郎。申し訳ないが偽名を使わせて頂く。やや法律に触れるため、本名は明かせない。それで、君は? どこの誰かな?」
 男は、少年に睨みつけられて、質問を諦め、自分とともに空から降ってきた鞄を拾い上げると、また別の端末、というよりは、携帯ゲーム機を取り出した。
 そして、何やらプレイ画像を立ち上げていたが、それを見るなり、がっかりして首を振った。
「ん、何だ? ここは、大内家というのか? きいたことはあるが、皆目分らん。なぜこのようなマイナーなところに着いてしまったのだ? ああ、面積的にはそこそこ広大だ。だが、望みの品があるようには思えんな。いや、何かあるのだろうか? 領土が広大、ということはそれなりに強いとも言える。そこそこ何かあるかも知れん。ところで、君は? ここの殿様の何なのだ?」
 少年に答えを求めるのは、無駄のようだった。男はまたゲーム画面を確認した。
「ふむ。息子はいないな……娘が二人……ん? これは、捏造された者のようだな。何だこれは? 宇部に城が……すごいな、これは……恐らくは安土城は勿論、北条の小田原城、秀吉の大坂城よりも巨大かつ堅固だ。何と、人口7万人とは……。更に、金銭と兵糧もカンストしている……これはすごい。何? この有川家というのは、捏造大名家ではないか。誰が作ったんだ?」
「無礼者!」
 不意に少年が叫んだ。
「無礼者……とは?」
 今度は男の側が警戒する。少年の声にはどこか威圧的なムードがあったからだ。
「我が家を指して、ねつぞう大名家とは。ねつぞうとは何だ?」
「有川家というのが我が家? では、ここは宇部なのか。これは、間違っていたのだな
 山田太郎と名乗った男はゲーム機を見ながらブツブツ言っている。
「訳の分らん捏造を加えた上に、GPS機能も目茶苦茶だ」
「答えろ。ねつぞうとは何だときいている」
 少年は完全に怒っていた。
「ま、まあ、落ち着きたまえ。悪気はないのだから。それで、君の名前を教えてもらえないだろうか?」
「……」
「あ、ま、まあ、怒っているのなら構わない。自分で調べよう。ええと、有川家というのは……」
 山田はゲーム画面をタッチする。
「おおお、これは! 当主・有川昌興、統率110武勇125……これは、とんでもない捏造ぶりだ。上杉謙信と武田信玄より強い。こんなチートが存在するとは!?」
「兄上を呼び捨てにするとは……命が惜しくないのか?」
 少年は完全にぶち切れている。
「あ、あにうえ? ふむ。当主の弟は……有川昌典、統率、武勇は普通だな。しかし、政治120とは。これでは、信長、秀吉より優秀だ。凄いな。何なのだこの一族は。だが……君のデータはないようだな。名前は?」
「……千寿」
 少年は怒っていたが、自分の「データ」とやらには関心があると見える。
「いや、そんな名前はない。あ、有川昌春。これか? 統率99武勇78知略120!? こ、これもスゴイ。謀神・毛利元就や謀聖・尼子経久も真っ青と言ったところだ。でも、これ以外にはない。見たところ、年齢的に成人前、って感じだ。君はまだこのシナリオには登場していない」
「有川昌春って誰? そんな名前、身内にいない」
「しかし、見た目年齢的には君のようだ」
「元服したら隆昌ってなる……」
 少年・千寿は呟いた。
「……気に入らない」
「しかし、おかしいな……その名前もない」
 山田は色々調べてくれたが、謎は解けなかった。
「まあ、いいだろう。それより、君のお兄さんに会わせてくれないかな? 金銭カンストしてるくらいだから、家宝も買い放題のはず……城の中はお宝の山とふんだ」
 山田の顔には期待の笑みが浮かぶ。
「会いたいなら、自分で会いに行け」
 気のせいか、千寿はちょっと寂しげだ。
「まあ、そう固いことは言わないでくれたまえ。取り次ぎだけでいい。さすがの私もこの世界ではコネクションがないからな。身分のある方とアポなしで会うのは難しかろう。仕事のためだからここまで来て後へは引けないのだ」
「無理だ。宇部には帰れない……」
「ここは宇部ではないのか?」
「ここは山口館。お前が最初に言っていた大内家だ」
 山田はもう一度ゲーム機を見る。
「なるほど。GPS的には確かにそうなのだが……しかし、君はなぜ隣の国に?」
「そんなことより、お前が何者で、どうして空から降ってきたのかを説明せぬか。さもなくば、太守様に言って成敗していただく」
「せいばい!? いやいや、まあ、その、危険を伴う覚悟はできていたが、こんな子ども相手に脅されるとは。あ、いや、もう、怒らないでくれ。説明するから。つまりだね、私は未来から来た。タイムマシンで」
「みらい? たいむましん?」
「そうだ。2500年から飛んできた。骨董品の買い付けのためだ。室町・安土桃山あたりの茶器などが手に入ると、とんでもない高値で売れるからだ」
「茶器などを求めて南蛮人が来るのは珍しくもなんともない。だが、空から降ってはこない。そもそも、みらいなどと言う場所はきいたことがない。二千五百年などという元号も初めて耳にした」
「ああ、これは西暦だ。君たちの年代から1000年くらい先から来たと思って欲しい。要するに、時空を飛び越えてきたわけだ。タイムマシンというのは、そのような事が出来る機械。私はタイムマシンの製造工場で働く技師だ。よって、メンテナンスなどで、大学の研究室に入る。タイムマシンの個人使用は法律で厳重に禁止されている。
 例えば、縄文人のホンモノを見たい、とか、生の北京原人を見に行く、とかそういう歴史研究の分野で一部だけ使用が許可されている。私は、メンテの時間を拝借して、ちょっと勝手にマシンを操作したという訳だ。今流行りの骨董品で大もうけしたら、一生働かなくてすむ。つまりは昔からの夢であった発明家になるという望みがかなうかもしれないのだ。はは、君には関係のないことだな。
 だが、上手いこといったようだ。いや、いってないのか。こんなマイナーでボロそうな城に着くとは。織田信長のような新し物好きな人物であれば、タイムマシンの話もウケると思ったのだが……」
「話が通じない……」
 千寿は山田を置き去りにして、その場を離れようとした。
「待ってくれたまえ、困るじゃないか」
「つきあいきれぬ」
「これは取引だ。骨董品と引き換えに、とんでもないお宝をこちらも用意している」
「お宝? 太守様の元には、毎日山ほどの品が持ち込まれる。お前のいうお宝とやらが目に留まることはないであろう」
「山ほどの品?!」
 山田はごくりと唾を飲んだ。
「ならばその、太守様とやらに面会を。無論、君にも礼ははずむ」
「太守様に届いた品は、そのまま我が元に下賜される」
 千寿はこれ以上付き合いきれない、といった風で、山田を置き去りにしてすたすたと歩いて行く。山田は必死に絡みついた。何やら分らぬが、この小生意気な小僧からはお宝の匂いがぷんぷんするからだ。
「私のお宝は金では買えないものだ。未来から金銭を持って来たところで、ここでは使えんからな。そのかわり、私の専売特許品を用意している」
「せんばいとっきょひん?」
「そうだ。雲外門だ」
「うんがいもん?」


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