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恐ろしい囁き

「ねえ、殺しちゃおうよ……もう、これ以上我慢できないよ」

 我が腕に抱かれた童子が、上目遣いに恐ろしい言葉を囁く。

「だって、二人が会うのに、あいつは邪魔なだけでしょ?」

「あいつ」というのは、主の大内義隆のことである。かつての我と同じく、その「寵」を受ける身である千寿には、それが堪えられない。しかし、「主君を殺す」という物騒な言葉を聞いても、我には何の後ろめたさも恐怖もなかった。



 確かに、「あの男」は邪魔であった。

 周防・長門・石見・安芸・豊前・筑前6か国の守護職である大内家は、まさに西国一の大大名。西国ばかりか天下に覇を唱えることすら夢ではない。先代の義興公は文武両道に優れ、将軍家の後見人として文字通り「天下人」に最も近い名君であったときく。我が父も常にその傍らにあり、共に各地を転戦した。

 まだ幼かった我には先代のお姿は殆ど記憶にないのだが、亡き父の昔語りを聞くたびに、どう見ても今の戦には不向きで公家趣味な主とは違う、と感じたものだ。我が十七の時、将軍家は先代と同じく、現主にも幕政への参画を要請してきたが、「領国経営に専念したい」旨を楯として上洛を見送った。実際には、隣国尼子家に阻止されたのだが、言葉を換えれば、それを突破するだけの力がなかったのだ。こんな無能な主に大国の行く末を任せて良いものか、との思いは常につきまとう。しかし、だからと言って、その替わりになる者がいるわけではない。主が無能であるということは、「お家が不運」と諦めるよりない。

 だが、我らはこのような「お家」の行く末になど興味はない。ただひたすら、二人だけの時間が永遠に続くこと、それだけが望みである。そして、その望みを叶えるために、邪魔なのがたまたま「当主」であった、そういう事だ。

 千寿は今、御館様、いや、義隆の寵愛を一身に受けていた。かつての我がそうであったように。ゆえに、二人してこのような忍び逢いを続けることは命に係わる大罪であった。千寿があの男の「持ち物」である以上、ほかの者が手を付けることは決して許されない。我らが逢瀬は、常に命懸けなのである。

 しかし、主は無能。その周辺に侍らせている者たちが、悉く我らと「通じて」おり、便宜をはかってくれている、など、露ほども気づいてはいない。今も、書庫に書物を取りに行く、という千寿の言葉を信じ、平気で御前から下がらせた。行先は確かに書庫だが、そこでこのような大胆不敵な行いが進行中とは夢にも思っておらぬはず。



「しかし、どうやって殺すのだ?」

 我の問いに、千寿は平然と恐ろしいことを口にした。

「寝首を掻く、に決まっているでしょ? 容易にして確実」

 義隆の寝所につとめる千寿なら、確かに「容易にして確実」である。しかし、その後のことを何も考えてはいない。あの男はそれで仕留められるかもしれないが、千寿、お前はどうなるのだ? 主を手にかけたことはすぐに知れる。自らの命が危ういではないか。

「五郎様が何を気にしているか分かるよ。でもね、仕方ないよ。あいつが死ねば、もういやらしいことをされる日々からは解放されるもの。それで十分。後の事はどうでも良い」

「賢いと思っていたが、やはり子供なのだな」

 何やら涙が潤むその瞳を愛しいと思いつつ、我はやや見下した眼差しを向けていた。千寿はそれに気づいて、口を尖らせる。

「あのね、あいつが死んだあと、どうなろうとも、そんなことはもう気にしないよ。五郎様に累が及ぶことはないから、安心して。兄上には及ぶかもしれないけど、いい気味」