畠山義就イメージ画像

 勢いづく西軍に押され続けて、東軍は細川勝元邸、一条通、そして相国寺の三カ所でかろうじて陣を維持していた。ほかはことごとく焼け野原となってしまったので、籠るところもなく、最後の砦・相国寺も丸裸状態。西軍からすれば、ここを落とせば、勝利は目に見えている。
 応仁元年(1467)十月三日、政弘は畠山義就、畠山義統、六角高頼、土岐成頼、一色義直らとともに全軍合計二万余の軍勢で相国寺を攻めた。
 細川勝元は自邸から動けないので、一条通には武田信賢と京極持清両名、相国寺には養子の勝之、安富元綱の両名を送った。
 かねてより、手筈を付けて置いた内通者が、内部から相国寺に火を放つと、武田、京極両名は相国寺が攻め落とされたものと誤解して逃げだした。西軍はこれを合図に相国寺に攻め込むも、わずかな兵数ながら、ここを最後の拠点と頼む敵軍の執念は並ならぬものがあり、容易に落とすことはかなわなかった。
 正門に攻撃を集中したが、次から次へと決死の防御部隊が現れ、なかなか抜くことができない。
 鶴も自慢の弓術を披露し、面制圧を試みるも、あまりに固くて隙がない。人間、後がないとなると、思いがけない力を発揮するものである。
「東の門に少し穴がある気がします」
 鶴は弘房に言った。
 確かに皆が勢力を正門に集中しているのは敵も同じである。また、全ての門に兵力を割くほどの余力はとうに残っていないはず。
「だが、今ここで我らが動けばここが手薄となるし、そもそもこうやって相対していたら、敵方にも我が方の動きはまる見え」
「だが、動いてみなければ分からぬ事もあろう」
誰かと思えば、政弘で、鶴たち親子をそこに残し、自らは東門へと移っていった。
「御館様が無事に東門につければ、挟撃できますね」
「うむ。我らももっと勢いよく攻め立てるのだ」

 防ぐ側も、攻める側も一歩も引かぬ覚悟である。数の上では、攻め手が圧倒しているので、守り手の隙をついて、何度か剛の者が斬り込んだ。しかし、そのたびに安富自ら前に出て武勇を振るい、味方の将兵は皆、討ち取られてしまった。
「化け物だな、ありゃ」
 虎三があっけにとられた。
「あやつを倒したら、名を挙げることが出来そうだ」
何やら目を輝かせている鶴寿丸を見て、虎三はへらへら笑った。
「鶴様には無理ですよ」
「何!?」
 虎三は、鶴が直ぐムキになるところが可愛いと思った。主の息子とはいえ、遊び仲間だから、「弟分」のようなものなのである。鶴がどれほど稽古に専念し、同じ年頃の遊び仲間は勿論、武芸の心得がない奉行人風情を投げ飛ばしてはいても、鍛え上げられた大人の武将が相手では、腕力で敵いっこない。
「鶴様は子どもだから。あと二、三年したら、あんなの敵じゃありませんぜ」
 そう言って振り返った虎三は、鶴の姿が消えていることに気が付き、蒼白となった。
 同じく、子どもには無理である、と父の弘房に切って捨てられ、虎三共々、安全なところからせいぜい遠矢を射かける「遊び」だけ許されていた鶴だった。邪魔にならぬよう、しっかり見張っていろ、と殿様から命じられていたのだ。それなのに、鶴の姿を見失ってしまうとは。それに、虎三は、とてつもなく嫌な予感がしていた。まさかとは思うが、鶴があの、細川方の強者に挑みかかったら、命はない……。

『応仁記』によれば、安富元綱は攻め寄せる敵を七度に渡って撃退した、とある。
 彼の身分は細川家の「執事」。家中一切を取り仕切り、主を助けるお役目ながら、政務は勿論、武勇にも優れていたのだろう。
 しかし、敵の勢いは味方より勝っている。安富も次第に疲労困憊し、味方は蹴散らされ、力の違いがはっきりとしてきた。そもそも、数の上では最初から圧倒されていたのだ。
 安富は覚悟を決めると、共に門を守っていた弟を呼んだ。 「そなたは若殿様を連れて、ここを落ち延びるのだ」
「なぜです? ただでさえ押されているのに、ここで離れるわけには参りません」
「どうやらこれ以上、持ちこたえられそうにない。退き時も大切だ。若殿様をお守りし、無事に逃れたら御館様共々、丹後に落ち延びるのだ。ここが落ちれば、御所も、屋敷も危ない」
 どうやら兄は、命を捨てる覚悟である。弟は兄の言葉に従おうと決めた。ここで涙の別れを演じている余裕はない。
ところが、敵方とはいえ天晴な彼らも、運には完全に見放されていた。
「東門から敵が……」
 伝令の言葉を聞いた時には、既に守りは完全に崩れ、兵士らは我を忘れて逃げまどっていた。皆、目の前の敵を倒すだけで精一杯だったのだ。東門を守っていた味方は、相国寺から火の手が上がった時点で、いの一番に逃げ出している。
「間に合わなかったか」
 安富は騎乗から涼やかな笑みを浮かべている若い大将の姿に呆然となった。風にはためく妙見大菩薩の旗印。あれが我が主を宿敵と憎む、周防の大内政弘であろう。
「かくなる上は仕方ない。命が尽き果てるまで、御館様のために勤めを果たそう」
 兄弟は頷き合って、共に太刀を取った。

 遂に門は破られ、細川方は総崩れとなった。
 安富兄弟、細川勝之ともに乱戦の中、その命を散らした。

 その大混乱の中、虎三は必死に鶴を探していた。
「鶴様、どこにおられますか」
 或いは、逃げまどう敵軍の中に紛れ込み、既にどこかで討ち取られてしまったかもしれない。そんなことになったら、殿様に殺される……。
「鶴様、お願いですから……生きていたら返事を……」
 見かけはガサツな大男で、腕にも自信があるといえ、虎三もせいぜい鶴より二つ上の「小僧」である。殿様の怒りを買い、膾のように切り刻まれる己の姿を想像し、最後は泣き声になっていた。
「これ、お前、何をしている?」
 虎三の大声は四方八方に届いたので、軍奉行に呼び止められてしまった。
「あ……その」
 返答に困っていると、いつの間にか鶴がやって来た。軍奉行の耳に聞こえたなら、鶴にも聞こえたから、人込みをかき分けて近付こうとしていたが、奉行に先を越されてしまったのだった。
「すみません。乱戦で兄と離れてしまいまして。お互い無事で良かった」
 生きている鶴の姿に、虎三はほっとしてその場で力が抜けてしまった。
「ああ、兄さん、しっかり」
 鶴が友の腕を掴んで引き起こす。
「何やら、『鶴様』と聞こえたようだが?」
 軍奉行は不審に思った。
「お奉行様の聞き間違いでは?」
「ううむ。まあ、良い。お前たち、手が空いているのなら手伝え」
 取り敢えず、何でも手伝って心証を良くすれば、この山は越えられるだろう。

 西軍諸将はまだくすぶりつづける相国寺の跡地で顔を合わせた。
「さて、これで、御所までは目と鼻の先だ。あとは最後の砦を落とすまで」
 一人息巻く畠山義就の前で、山名や斯波は何やら考え込んでいる。平然と内裏を占拠するような男には何の恐れるところもないのであろうが、現状、御所は天皇・上皇の御座所であり、一般人からしたらこの「御所を攻め落とす」のは相当勇気がいることであった。
 中には将軍はもちろん天皇までいる。これに弓を引くことは畏れ多いことである。
「どうせ朝敵、何を恐れることがある?」
 平然と言い張る義就に向かって政弘がそっと目配せした。宗全が二の足を踏んでいる以上、この件は無理強いできない。
「おい、まさか、天子様の御座所だからとか、そういう話なのか? 心外だ。ここでやめたら何のためかわからん」
「我らは何も天子様に弓引くわけではありません。敵対しているのは細川勝元であって、あの男が公方様や天子様を己の傍に連れ込んでいるだけのこと。使者を遣わし、あやつらに『降伏する』よう打診してみてはいかがか?」
 政弘は正直、義就の意見に賛成である。だが、彼らが「権威」を恐れているなら、強引に攻撃せず、歩み寄るのもいい。しかし、これはあくまでも最悪のケースだ。出来たら勝元の首をあげたい。
「知り合いの公家を立てて天子様に別の所に移って頂き、それから攻撃したらいかがであろう」
 土岐成頼が恐々口をはさむ。
「そんなこと、あやつらが認めるわけなかろうが?」
 義就に凄まれて、一同は震え上がった。あやつらあやつらと連呼し、畠山・大内両名は細川方を憎むこと甚だしい。まあ、ここに集まっている者は皆、それなりに、理由があって彼らと敵対しているわけだが、相続問題に命を懸ける畠山と、細川家と対立する大内ほど熱心ではなかった。しかし、戦に関しては、現状この二人および、斯波義廉の配下・朝倉孝景辺りが功績大なので、威張りくさっている。
 細川が潰れれば、他の者にも旨味はあるものの、御座所を焼き討ちする勇気があるかと問われれば、答えるのは難しかった。
 敵側の頑強な抵抗に遭い、正直、ここを落とすのにも苦心した。疲労困憊した一同は、微妙な意見の不一致から、その場はお開きとなった。

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