鶴寿丸イメージ画像
 応永元(1467)年六月十三日、政弘は賊軍の頭となっている山名宗全の下に馳せ参じるべく、大軍を率い、先ずは長門国二宮に合戦勝利の祈願状を奉納した。大内軍は水陸二つのルートから京を目指したが、その兵力は二万余り、兵船の数も五百を超えた。
 見送りの人でごった返す道は、もう何が何やら分らない。二万としても普通に行軍して先頭から最後尾まで通過するのにどれほどの時間がかかることか。まあ、メインは政弘がいる海路だろう。
 陶弘房は人混みのなかで、見送りに来たはずの鶴寿丸の姿を見失ってしまった。
「まあ、なんと言うこと。どこかで迷子にでもなってしまったら」
呆然となる母御と、泣き出す弟。
「馬鹿な。あやつなら心配ない」
 弘房は妻と子をそっと抱き寄せた後、遠路遙々京へと向かっていく。これが、二度と帰れぬ負け戦となったなら、鶴には最後に一目会えなかったことになる。生きて帰れば問題はない。そう思いつつ馬上の人となった。前の晩、摩利支天の絵を持って行って欲しい、と鶴に言われた。敵から姿が見えなくなる、という狡い手を使え、と言うのだ。これはお前の守り本尊だから、残しておくと返したら、涙ぐんでいた。あれにはほかに使い道があるのだ。それは自分で見付けて欲しい。暫く会えなくなる賢い息子に、心の中から言葉を送る。
 まさか、この時、我が息子が御館様の旗艦を探してうろちょろしていたと知ったら、さすがの弘房も腰を抜かしたであろう。

 さて、遙々防長の地から京を目指しても、明日明後日には着かない。既に、京では戦が始まっていた。そもそも、この騒ぎ、なにゆえここまで拡大したのか? 元々は派閥争いが激化していき、細川対山名という二大ボスの下で集団化し、日頃から諸々の鬱憤を抱えていていた連中が、何もかもを発散するつもりでいずれかのグループに参加したというイメージ。歴史学的にはまるで違うだろうけどどうでも良い。争っているのは、たいがい身内同士なので、畠山Aと畠山Bがそれぞれ細川か山名の下についている。どちらがどちらにつくかは日頃の付き合い次第だろうが、敵の敵は味方ルールの上に成り立っているので、虫が好かないあやつが入っていないほうに参加する。それだけだ。
 人間関係だとか名前がややこしくて、混乱する人も多いけれども一切無視でかまわない。暗記したところで何もわからない。マニアックに読みあさっていると、そのうち有名どころは自然に覚えているが、いっかな頭に入らない者も。その状態で、全合戦一覧のようなムック本を眺めていると同じ名前(姓)だらけで混乱する。ま、そのうち、贔屓ができてくると、面白いように頭に入って神ならざる手に導かれてゴールしている(もしくは脱落している)。
 とりあえず、ここでは陶弘護と大内政弘という太陽と月にスポットライトを当てているので、当たっていない人は申し訳ない。
 さて、畠山義就と畠山政長両名による家督相続のゴタゴタになぜか、山名・細川の両派閥がてこ入れし、ボス同士の争いに多くの関係有る無しの者が巻き込まれた。畠山家の現在の家督継承者は政長。先に上御霊社の戦いで政長一人が山名一味の加勢を得た義就に敗れ去った。これは畠山家の私闘に関わるな、との将軍の命令に素直に従った細川勝元が何の手助けもしなかったから。山名一味は将軍の命令を無視して、「私闘」に加わって大勝利をおさめ、言うとおりにした細川は、平然と仲間を見捨てたなどと世の人に叩かれた。山名一味は一撃ノックアウトですべて終わったと思い、仲間を解散して飲んだくれていた。

 まさか、陰険な細川勝元が復讐の準備を着々と進めているなど、夢にも思わない。細川方の手痛い仕返しに呆然となった山名宗全は、全国規模で仲間を集めた。最初はそれこそ内輪もめレベルと思ったが、相手がその気なら、こちらにも仲間は多い。
 恐らくは己を親の仇であると逆恨みしている大内の小僧が大軍を率いてこちらへ向かってくるはず。ただでさえ不気味なのに、今は呪いのオーラでさらに強化されているから、敵に無尽蔵なパワーを与えかねない。あやつが来る前に、早々と逃げ腰になっている山名一味の片を付けてしまえば良い。細川がそう出れば、山名側は、強力な援軍が来るまで何とか持ち堪えようと一度解散した身でなんとか踏ん張る。そんな感じで、両軍せせこましい京の中で睨み合い、そこらの寺を燃やしたり、家屋敷を壊したりしている。

 さて、そろそろ鶴は無事に船に乗り込んだであろう。
 結論から言うと、入京までおよそ二ヶ月かかった。道中敵を倒しながらゆったりと進んでいたから、最速で来ているわけではないだろうが、急いでも飛行機で一時間はないので、念のため。
 鶴は友だちになっている父の配下の息子野島虎三と一緒に、政弘の旗艦に紛れ込んでいた。世の中何でも金次第。金はなくても唐物。下賜の品は無尽蔵にある。かくして政弘の旗艦に乗り込んだ中には人員を誤魔化し、怪しげな着到状を偽造した下っ端が一名いるということになるのだが。全く以て命知らずの輩である。まあ、確かに、多すぎて一々調べないのではないだろうかとか、いやいや、軍隊だろう? スルーはないよ、と正直分らないが、ご都合主義的には何でもあり。実在の某郡某村(荘?)に某虎三、某鶴吉なんて書いてある。
 このまま二ヶ月の間、隠れていて無事に京まで着いたら父の許に合流する、そんなイメージかもしれないが違うようだ。なぜかなら、はしこい鶴は虎三が止めるのも聞かず。船の中を探検して回っていた。万が一、御館様に見付かったら命はない。いや、それならば、そもそもなぜ、御館様の船を選んで乗っているのか、そこらに問題がありそうだ。
 出向間もなくは、船酔いの洗礼を受け、くたくたになっていた二人だが、落ち着いてからは、腹も減るし、喉も渇く。虎三ですら我慢できないのに、鶴に我慢できるはずもなく。最初から、御館様に見付けて貰うつもりだったと知ったら、虎三も絶対に同伴してこなかったはずだ。

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