お問い合わせありがとうございました

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皆さまから頂戴したお問い合わせへの返信状況について開示しております。お問い合わせを頂戴した皆さまにつきましては、こちらにて、返信状況をご確認いただけます。なお、「返信不要」とのご配慮をくださった皆さまについては、御礼のみで失礼させていただいております。

こちらにご案内がある皆さまには、お問い合わせいただいた時のメールアドレス宛に返信を差し上げております。お手元のメールボックスをご確認くださいませ。なお、念のため迷惑メールに紛れ込んでいないかもご覧いただけますと幸いです。もしも、返信未着の場合は、ご一報ください。

なお、企業様からのお問い合わせについては、掲載しておりません。当方、企業ではございませんので、「人事部様」「ご担当者様」とメッセージを頂戴しても、人事部も担当者もおらず、お答えできかねるためです。申し訳ありません。

K県T様:丹州の者竹内刑部大夫さまについて

7月1日付けで返信をお送りしました。

T様:サイトへの御礼

7月1日付けで返信をお送りしました。

H県N様:大江浦という地名について

ご教授ありがとうございました。返信不要とありましたので、この場を借りて御礼申し上げます。

Y県M様:広沢寺の宝篋印塔について

こちらの宝篋印塔は、どなたの者なのかはっきりしていない模様です(郷土史会の方にお伺いして確認いたしました)。

Y県寺院信徒代表さま:政弘子息が開基であるかどうか

寺伝にそのような記述があるとすれば、寺伝を尊重すべきと考えます。ただし、郷土史会の方に問い合わせましたところ、毛利家時代に建立された寺院との認識という回答を得ました。信頼置ける史料による裏付けは取れていないものと存じます。明確な回答ができませんことをお詫び申し上げます。

K様:陶興房は陶晴賢の父であるはずがない

最新の説としては養子説も出ていることを存じ上げておりますが、ご質問の主旨は和田先生ご研究の養子説ではなく、質問者様独自の説とお見受けしました。「当時の女性の出産適齢期」云々説についてはわかりかねますので、日本史に詳しい知人に問い合わせましたが、「陶興房が腹を痛めた子」であるには「年齢的に無理」と読める。母親に関してならまだしも、父子関係に女性の適齢期云々説は無関係とのご指摘でした。

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