『陶弘護肖像』挿絵

初回訪問日:20200305

 陶弘護様といったら、れいの掛け軸……。でもって、その掛け軸を所蔵していたのがこのお寺でございます。しかし、この掛け軸があったということ、そして、奥方様が、弘護様の菩提を弔うために建てたお寺である、ということ、当寺院訪問時の管理人には、これ以上の情報はありませんでした。
 ですが、実は、東側に墓地があり、そこにたいへんに貴重なお宝がございました……(泣)もう、本当に涙するしかありません。墓地なんて、どこにあったのか、私にはまるで気が付きませんでした……。周南市に一度行くために、どれほどのお金と時間がかかったことか。
 今更後悔しても仕方ありません。ここも、どうせ、一度だけで終わりにすべきところではありませんでしたので。つぎの機会に、ということで。
 我が師とも仰ぐ、宮島のガイドさんの教えでは、一回目はまず見学。説明を聞き、実物を見て帰宅する。その後、そのときの記憶を辿りつつ、文献にあたり、丹念に勉強する。すると、一回目ではわからなかったこともわかるようになっている。それから再訪する。今度は、知識もついておりますし、二回目ですから、だいたいの配置などもわかっているわけで。そうやって、何度か通わないことには、本当の理解なんて無理なんです。そんな風に、何度も通って理解を深めて行けたら、何と素晴らしいことかと思います。
 でもこれ、お金と時間がある人にしか無理です……。どっちかでもあったら、明日にでももう一度行きたい……。
 もう、周南に住み着くしかないようだ……。地元の寺なら、それこそ、何度でも行けますが、本州の端っこまでもう一度行くなんて、とても無理です。
 それに……私なんぞでは、二、三回行ったところでとても理解できませんよ。ダメです……。はぁ……。

 さて。おそらくは、文化財としての掛け軸のほうだけが、独り歩きして有名になってしまったものと思われます。ですので、自治体サイト様でも、探せるのはお寺というよりも、掛け軸のほうなんです……。
 こちらでお世話になりっぱなしの山口県観光連盟様のページにもないのではなかろうか。そのため、私のような、寺社巡りの知識のない者だと、山門と本堂以外のものは確認できませんでした。
 しかしながら、寺院様の案内板にも、掛け軸のことと、奥方様がお建てになった、という以外の由来はなく……。普通に歴史マニアなだけなら、これで十分なのだと思います。でも、このサイトでそれでは、恥ずかしくて明日から廃業決定です……。
 以下は、学習前に書いた文章です。リライトは、次回訪問後までお待ちください。現状、「見るべき物をみていなかったため」、これ以上の記述は無理となっております。
 なお、お宝については秘密です。

 宮島で素晴らしいガイドさんと出逢った私は、やはり、こうした史跡巡りにおいては、地元の専門家にお願いして、詳細な由来をおうかがいするしかないのだということを学びました。
 勿論、タクシードライバー様などでも大丈夫です。しかし、それは、普通の有名なお寺に限られます。皆さまきちんと歴史を御存じですので、お寺の参拝方法や、見所については一見の場所でもご教授いただけますが、個々のお寺の由来などについては、あまりにもマイナーな寺院様の場合、ご存知ないこともおありです。

 少なくとも、お寺が現存しているわけですから、次回訪れる際には、事前にすべての寺院に問合せをし、また、地元のガイドさんなどを雇って万全の準備で望みたい、そう思いました。
 とにかく、ここは、私にとっては、とっても大切な場所ですから。ああ、しかし、次に訪れることができるのはいったい、いつのことになるのやら……。

所在地:周南市大字大道理門前1291
JR徳山駅からバスで40分「大道理」下車
※40分もバスに乗る、しかも本数も非常に少ない。タクシーかマイカーにすべきかと思います。
問い合わせ:龍豊寺様 電話 0834-88-1764
 さて、お寺自体は、とても素敵です。のどかでゆったりと時が流れております。先ずは入り口から。  「葷酒山門に入るを許さず」  この一文、私には読めなくて、「なんて書いてあるのでしょうね……」と書いて置いたのですが、親切な方が教えてくださいました。「ニンニクやニラ、生臭い肉や魚、そしてお酒を寺に持ち込むな、修行の妨げになる」という意味で、禅宗の寺院には必ず書いてある文言なのだそうです。
 以下は、その人に解説していただいた内容:「僧侶たちは「般若湯」などと言って内緒でしこたま飲んでいましたし、兎なども鶏に見立てて「一羽、二羽」と数えていました。ズルイですよね。鳥は「肉」ではなかったのです」。
 お寺の由来看板は、入り口付近にありました。これがないと、とんでもない重要なお寺だということに気が付かない方も多かろうかと。  お地蔵さん。これ、外にあったような気がするのですが、記憶が曖昧に。  さて、石段がとんでもなく多いのです。ですが、きちんと手すりがついており、足元が心許ない方でも助かりますね。  こちらが山門となります。ちらちらと雪が舞っているのですが、お分かりになるでしょうか。

 本堂です。  _・)チラリ  弘護様肖像画についての看板は、本堂の前にありました。  さて、以下は、寺巡りのいろはも分からぬ素人が撮った写真の山です……。恐らく、貴重なものは何一つないであろう……。  こちら、ちと見辛いのですが、向かって左下に「開山」の文字が見えるんですよね。後ろの方に、何か建物と看板のようなものも見えますし。見落としたのでしょうか。

 とは申せ、万が一、何らかの「見所」(文化財のようなもの)があるとしたら、アピールしておられるはずなので、恐らくは特にないのではないかと。
 更に……見ていて分かる通り、建物はすべて新しく、室町時代から続いていたのは、恐らくは「掛け軸」だけなのではないかなと。まあ、それだけで、とんでもなくものすごいことなのですが。
 何しろ、情報が少ない。掛け軸が残っていたこと、お寺そのものが残っている(元の建物ではないにせよ)ことからして、こちらは本当に貴重な場所です。
 そもそも、日本は木造建築ですので、建物は普通に燃えるし、壊れます……。現在の建物が新しいから、歴史がないとは言えないのです。定期的なメンテナンスを続け、現代まで守り伝えてきた方々がおられる、そのことがとても素晴らしいことなんですよ。
 そう思うと、昭和だの、平成、いや令和何年の再建であっても愛おしく思えるではないですか。