陶興明イメージ画像

初回訪問:20200305

 ごく普通の地元の寺院といった雰囲気です。よほどの寺院マニアでない、有名観光地を回っている一般観光客が目に留める可能性はあまり高くないでしょう。残念なことに、自治体サイト様などでも、あまり言及がないためです。
 ですが、陶一門のうち二名の供養塔があるという点で、とても貴重で外せない場所であります。
 これらの供養塔は、偶然にも見つかったものが、著名な研究者である先生のもとにもちこまれ、先生の緻密な調査によって、誰のものであるか明らかになったという経緯がございます。
 地元の研究者の方々のご尽力には頭が下がる思いです。皆さまの地道な研究や調査のお陰で、今日我々が貴重な文化財を拝めることを思うと、到底、先生方に足を向けて眠ることはできませんね。
 さて、ここにある供養塔は、隆房様の兄・興昌様と伯父・興明様のものです。二つとなり合って並んでいます。

 入り口です。石碑の字体がポップ。ここもほか同様、のどかな雰囲気です近くに民家が見えていますね。  山門です。  供養塔の立て看板。  しかし、今回、供養塔に関する看板類はこれだけでしか、確認できず、名前を知らない方がご覧になった場合、どこのだれの者なのか分からないかもしれません。管理人さんは、宮島の地ですら、「陶」(とう)と読む地元民と遭遇し、あまりのことに絶句したようでした。
 供養塔はこれです。興明さんのもの(上)と興明さんのもの(下)です。  立札をつけて遠くから撮ってみました。ちなみに、興明さんの供養塔には「基礎の塔身だけ」しかなかったので、現在は「別物の笠」がのっているそうです。  なお……興明さんの供養塔は龍豊寺にもあるそうです。こちらの供養塔の謎を解明したのと同じ、播磨定男先生のご研究で判明しました。
 唯一、お地蔵様についての説明がございました。もしかすると、これがメインの寺かもしれません。ご本によると、元々、興明さんの供養塔は地蔵堂の脇にあったようですが、その地蔵堂とこちらが同じものなのか、わかりませんでした。  さらに、お地蔵様も大量にあったので、どれが説明文に書かれているものなのかも判別できませんでした。  本堂です。  そのほか、今のところ何なのか分からないけれども、ここにあった事だけはたしかなものです。

参考にしたご本:播磨定男『山口県の歴史と文化』・Ⅱ章一「陶氏供養塔の発見」

住所&電話
周南市大字下上1745 0834620642
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