大内義興イメージ画像

初回訪問日:20200303

 かつての大内家の氏寺です。
 なお、興隆寺様にはホームページがありました。ご参照ください。
https://koryujimyokensha.web.fc2.com。
 さて、残念な事には、貴重な建築物が、他の場所に移築されるなどして、現在は失われてしまっています。例えば、現在、龍福寺の本堂となっているものは、この興隆寺から移築された建物です。
 ただし、興隆寺所蔵の貴重な文化財も少なくないです。例えば、銅鐘や氷上山扁額などです。往時を偲ぶためにも、ぜひとも足を運んでおきたいところです。
 大内家の全盛期、興隆寺はその氏寺として、たいそう栄え、大切に保護されていました。二月会などのイベントも非常に重要なものであり、毎年、盛大に執り行われていました。
 なお、大内家の滅亡後も、毛利家によって引き継きメンテナンスが行われておりました。しかし、さすがに当主の氏寺としての威光などはなくなってしまったわけだし、大内家当時の栄華は、彼らの時代にはやはり失われてしまったことでしょう。
 今回、初めて知ったのですが、江戸時代、行海僧正という方が、この寺を復興しようと尽力されたのだそうです。そこで、その功績をたたえるため、、元禄八(1695)年に、辧海和尚という人が「中興堂」という建物を建てました。これが現在の興隆寺の本殿なっております。
 なお、自治体サイト様に紹介されている、銅鐘と氷上山の扁額のほかにも、HPによれば、以下のような指定文化財があります。「琳聖太子の剣・宝剣拵・付属文書」、「木造釈迦如来坐像」、「絹本着色両界曼陀羅図」、「木造龍頭・舞楽面・獅子頭」(いずれも、県指定有形文化財)。

 興隆寺様の説明看板はこれ以上ないくらい詳細です。これを見れば、もう何の説明も不要でしょう。  こちらが現在の本堂。つまり、元の「中興堂」ですね。  続いて、釣鐘です。これは大内義隆さんが寄進したものです。  続いて、妙見社です。これも、毛利家が再建したものとなります。  看板だけですが……釈迦如来像。これは現在の本堂に安置されているわけですが、これこそが、大内家時代から受け継がれているレアものでありました。  最後に、寺院にゆかりのあるお方の説明看板がございましたので、掲載しておきます。  それから、以下の社などもあったんですが、何なのかわかりません。ごめんなさい。また、鳥居はスマホの写真保管順序からいってこちらのようなきがするのですが、違っているかもしれません。申し訳ないです。