大内政弘イメージ画像

初回訪問日:20200303

 いや、何のために訪れた寺なのか分らなくなっていた。さらに、訪問から一ヶ月以上過ぎてしまい、写真もさっぱりだ。運良く観光連盟様のHPに載っていて、説明文を拝読したら即納得しました。  恐らくは……政弘様がお建てになったという「観音堂」目当てだったと思われ……

所在地:〒753-0011 山口県山口市宮野下1127
交通アクセス:山口駅から車で15分
山口県観光連盟様HPより

 でもって、記憶からはすっかり抜け落ちていたが、観音堂の写真もしっかり撮っていた。そして、苔生した石段が続く、ローカルで奥ゆかしいお寺であった。
 さらに、山口市観光情報サイト様http://yamaguchi-city.jpによれば、「石段を登りきると左手に観音堂、正面右手に山王社本殿」とのこと。そして、山王社本殿は「一間社流れ造り」と。
 いやはや……。しかし、本当に、素敵なお寺でした。鐘まで可愛らしい。花将軍と一緒に歩きたい石段ではあった……。
 サブスマホで撮影していたことが、非常に悔やまれる。どういうわけか、このサブスマホ、勝手に写真を編集してパノラマ化などしてくれる上に、カメラ性能もイマイチ、さらに、大寧寺の石段で液晶が分解したのに、防御ガラスが壊れただけだと思っていた。
 というようなわけで、現在、サブスマホは新品にかわり、古いものが保険金支払い請求中なのだが、半ば壊れていた状態で撮影を続けていたゆえにか、ただでさえ酷い写真がさらに酷い。
 なお、サブスマホ撮影にする基準は「電池」。最悪、目玉スポットで切れたこともあったのだが、ここは、「何のために来たのかわからない」という無礼なことになっていたため、タクシーの運転手さんにも、帰りしな、「あ、この清水寺っての行った記憶がありませんが……」とリスト見ながらぶつぶつ言っていた気がする。  スマートな運転手さんが、そこ、ちゃんと行きましたよ、とさらりとおっしゃったので、間違いはないと思ってそのまま帰宅したが、本当にそのくらい「行った記憶」がないのであった。  じつは、そのような場所がここだけではないため、寺から寺、もしくは神社への移動の区切りにあたっているスポットは、分類が目茶苦茶になっている可能性がある。
 つまり、寺Aの写真12枚、神社Bの写真8枚、神社Cの写真9枚……のごとく、スマホないには並んでいるが、どこから神社Cなのか分らず、神社Bのところに、10枚入っている、ということをしてしまっている、ということ。だいたい、目当ては「看板」なので、名前のない鳥居なんかが挟まっていると、間違っている可能性は高くなる……。  さて、そういうことで、看板から。いちばん下の看板は、明国から来た人が、山口で詠んだ十の歌のうちひとつで、この寺の鐘についてのものである。  石段脇にあった地蔵。  山門。長く続く石段が見えている。  清水の鐘。最初の石碑は、上にあった看板で和訳されていた漢詩が刻まれたもの。  こうしてみると、どうでもいい鐘が、何とも奥ゆかしく見える。政弘様の時代には、この鐘の音が聞こえたのだろうか。寺だらけの田舎町に住んでいても、鐘の音など日常から消えて久しいこの頃である……。
 いよいよ、「観音堂」。  恐らくは、これが山王社ではないかなぁ。残念ながら、写真はここで尽きていた。