大内義興イメージ画像

初回訪問日:20200303

 正確に言うと、上の初回「訪問」日という表現は相応しくない。見ての通り、車内から撮影した写真が数枚あるだけだからだ。
 先の龍福寺が、文字通り、元の大内氏館跡に建てられているのだから、そこへ行ったということは、ここに「行った」と称しても問題ないような気がするが、ダメなのである。
 高嶺城跡山頂から見て分る通り、この大内氏館跡と、築山館跡とは、空から見ると、山口の市街にでーーんと二つ並んで立っている巨大な空間である。
 現在、関係する先生方、自治体の方々が発掘整備事業をなさっておられる最中。これだけ規模が大きいので、完全に復元されるのはいつのことになるのか、費用はどれだけかかるのか分らないだろう……。
 で、その中でも、こちら、大内氏館跡は、すでに、門のほか、庭園も一部復元されている。管理人らは、手にしていた資料が古かったのか、単なるいい加減なリサーチ能力のせいか不明だが、そのことをあまり詳細には知らなかった。
 かろうじて、この「門」については、本で見て知っていた。ただし、なんだかんだ言って、「復元されたもの」だから……。写真で見たしーー程度にしか考えなかったのである。
 いやはや、しかし、庭園まできちんと復元されていたり、土塁がまるっと発掘されていたりとか、まるで知らなかった。せいぜい、一部分だけ、適当にレプリカな門を作って、庭園復元想像図みたいなものが貼ってあるだけだと思っていた。
 申し訳ありません。そんなわけで、車窓からで十分なんだろうよ、と思ってしまったのです(時間もありませんでした)。
 恐らくはこれも、つぎの機会にもう一度来なされ、とのカミサマのお導きだと信じて、車窓からの風景だけ貼っておきます。
 大内氏館跡土塁  大内氏館跡西門看板  大内氏館跡西門  次の写真は、もろ車中からだったせいで(駐車スペースからではないためいちいち確認している余裕はなかった)、後から見たら半分だけだった……(泣)となったのですが、削除も悲しいので残してあげることにしました。半分だけでも、私には貴重なんですよ。