大内庭園縁起(fiction)
この項目は完全なるフィクションです。

そもそもこの庭園はいつ、誰が、何のために造ったのか?
いずれはそのことを明らかにしなくてはならぬ日が来よう。
よって、ここにその縁起を記しておく。

未来との遭遇

事の起こりは二十五世紀から、怪しげなタイムマシン技師がやってきた時に始まる。

大内義隆と未来人

時は十五世紀、大内家の当主は義隆であった。大内文化は興隆を極め、夜毎雅な宴が開かれ、京の都をも凌ぐ繁栄ぶり。大内義隆は、都の公家よりも、遙かに公家らしい風流人であった。

なんと美しい月明かりであることか。今宵は何をして愉しむかのぉ……。この館も庭も、すべてはこのわしの物……おお、素晴らしい。わしこそが、太宰の……むむむ、なんじゃ、そのほうは(驚愕)

さて、そのような山口の守護館に降り立った謎の男は、最初ここを「平安時代」か「京都御所」だと勘違いしたのである。そのくらい繁栄していた。もっとも、その男の歴史的知識が曖昧だったことが誤解の真相ではあったが。

おお
お、こ、ここは……豪華絢爛な平安神宮か? む? 違う? もしやして、……み、帝? エンペラー? 何たら太子様?……ま、まさか、どうすれば……(驚愕)

二十五世紀から未来の男がやって来た、ということは、彼らの時代にはすでに「時空を超える技術」が発明されていたからに他ならない。
しかし、そんなこと、過去の人間に想像できようはずはない。
義隆にはその男が、大内家の財宝目当てに、最近頻繁に渡来する海外からの怪しげな商人の類にしか見えなかった。

くだらぬな。南蛮人など珍しくもないわ。交易したいというのなら、相良に頼んでくれ。わしはそのような下世話な話とは縁遠い。うーーむ。そちのせいで、すっかり興がさめてしまったではないか。

自らの雅な公家館で天上世界を満喫していた義隆にとっては「タイムマシン」などどうでも良い事であった。しかし、この男が行き来したほかの時代、他の人物との交流ではそうはいかなかった。

大内政弘と未来人

義隆の先々代、つまり、祖父の大内政弘は、文武に秀でた人物であり、孫の義隆を凌駕するほど雅な貴公子でありながら、さらに、西国の覇者と呼ばれたその息子・義興(義隆の父親)も真っ青な猛将で、応仁の乱ではその強さと「美しさ」で、敵どもを撫で斬りにしつつ、京中の女たちを卒倒させたのである。
(ここが有名アフィリエイターの稼げるブログだの、小説投稿サイトで書籍化を狙うだのの目的で開かれた空間なら、上のような記述は避けるべきだ。文章は、簡潔に、短く、分かり易く……。だが、検索エンジンなるものの動向とは無縁、文学的素養も不要、かつ、あまりに感激すると文章はひたすら長文化する。庭園の主の美しさと偉大さを詳述したら、一ページ分まるまる句読点で延々と続くに違いない。ありったけの胡麻擂り形容詞を並べつつ……)。

さて、そんな政弘は、公家の宴会を開きながらも、武門においても名を馳せ、特に、父の仇でもあり、利害関係でも対立していた細川家を潰すことを目標にする、という贅沢な願望を抱いていた(同上)。

そして、面倒な事には、強くて、雅で「美しい」彼には、それをやり遂げる能力が「備わりすぎて」いた。

まいったな……。前回と同じ所についてしまった……。またあのふにゃけた公家みたいな殿様に追い払われてしまうぞ。不愉快なことになる前に立ち去ろう……。む? 何やら、前回とは様子が違うな。おおっ、五十年以上前に着いたようだ。主が違っていれば応対も……いや、この家には期待しないほうが良いだろう。

待たぬか。何者だ、そのほうは?

ええと、その、怪しい者では……。商売のために来ました。千年ほど未来から。ははは。

……

まずい……最高に機嫌が悪いようだ……

亀童、なにをしておる。皆、集まっておるぞ。

はい、父上。只今参ります。
そのほう、暫し身を隠しておれ。のちほど尋ねたいことがある。

身を隠しておれ、と言われてもな。こういうゴージャスな所ほど、台所は火の車だったりするものだ。一分一秒たりとも無駄にはできん。とんずらだ。待てよ……。前回の「南蛮渡り」も幾らかの儲けが出た。生意気すぎる少年に暫し付き合うのも悪くないかも知れん。

いやはや、彼のこの「決断」が、後の歴史を変えることになろうとは。

当時の亀童丸こと、大内政弘は、その孫・義隆のようなお人好しではなかった。それどころか、澄み渡る冬の月が、カチンコチンに凍てつくほどにギンギンに冷酷非情な人物である。そう、冴え渡る月明かりのようなその容姿と同じように、何事にもクールでイケている男だ(注:冷酷非情はイケメンすぎる主についた場合に限り、褒め言葉だ)。

彼は一瞬にして、未来から来たどうでもいいセールスマン実は詐欺師の男に、とほうもない利用価値があることを見抜いたのだった……。

未来人との取引

タイムマシン技師は、主の息子がとんでもない化け物であることには気付かなかった。単純に「商売」をし、「儲け」が出ればそれで良いからだ。未来の人間というのは分かり易い。

ただ、この男はやや、いや、かなりドジなところがあって、そもそも、最初に大内家の庭に着いた時も座標の打ち間違いのせいであった。男の乏しい歴史的知識によれば、織田信長の安土城などに辿り着けば、お宝の山のはずであった。そして、織田信長は「新し物好き」という史実もしらべてあったので、自らのタイムマシンに関する話題にもきっと興味を示すであろうとの確信があった。
ところが、着いたのは、安土城ではなく大内家の山口館であったのだ。時代も場所も、まるで違っていた。
そして、二度目の正直で再チャレンジした後も、やはりついたのは山口館であった。
つまり、この男には、狙った場所にピンポイントで正確に到着する、という技術がまるでなかったのである。

歴史の曲がり角

そんなわけで、政弘と「再会」の約束をしたものの、三回目の航海でもやはり「打ち間違えて」しまった。男にとっては、数日後だったが、政弘のほうでは数年が経過してしまっていた。そう、大内家は代替わりし、さらに、応仁の乱が始まってしまっていた。

ええと、まいったな。またミスったか。あの少年はどこにいるのだろうか……。

なんだ、お前は? 御館様なら留守だぞ。用件は留守を預かるこの俺に言え。

今、留守と言ったか? 冗談じゃない。アポイントをとっておいたのに。すっぽかされるとは。誰か責任者を呼んでくれ。君のような子どもでは話にならん。

何だと? お前、命が惜しくはないようだな。子どもに見えてもこの俺が、現状留守居役の中で「最高位」なんだよ。おっと、大殿様は別だけどな。でも、あの人、ただの隠居坊主だから、あってもらえないよ。

この時、未来の男が、この少年と話をしていたら、その後の歴史はまたまた変わったはず。しかし、世の中には「どうしても変えられない運命」も確かに存在するようだ。

男は、留守居役最高位・陶鶴寿丸と語ることはなく、この回の航海をリセットして四度目に挑戦したのである。

果たして、またしても座標を打ち間違えており、応仁の乱は既に終結し、さきの子ども、陶鶴寿丸はとっくに成人し、さらに、悲惨な事件によって若くして世を去っていた。こうして、どうにかこうにか、謎の男は、政弘との再会を果たすことが出来た。

未来を見抜く目

かつての少年は、すでに三十路をすぎていたが、なおも二十代前半にしか見えない。だから、イケメンは同性に嫌われるのだ。

やっと会えたな。いったいいつまで待たせるつもりだったのだ? それで、約束のものは持って来たか?

男が持参したのは、書物、それも、ちょうど我々、平成、令和に生きる者たちの時代の紙媒体の書物であった。
男の時代には、書物は既にすべてがデジタル化されていたから、過去の時代に持ってくるには都合が悪かったのだ。
政弘は嬉しそうに書物を抱えて書斎に入っていき、暫くの間出て来なかった。

未来の男は嫌な予感がした。さすがに歴史音痴な男とは言え、こう何度も大内家にくるうちに何となく親近感のようなものが湧いていた。
そこで、政弘に手渡すよりも先に、こっそり中身を盗み見ていたのである。
政弘がほかのこの時代の権力者たちと違って、未来製の金銀財宝ではなく、古びた書物を所望したところに彼のすごさがある。
彼にとっては、金銀財宝など塵芥であった。そんなことより、百年、千年先の我が家の繁栄について知りたい。
ところがである、未来の男は既に知っていた。
政弘の三代後に、この大国は滅びて歴史上から姿を消す、ということを。

変えられぬ未来

孫の代にお家が滅亡するという未来の書物からの情報を知るや政弘は激怒した。
怒りの余り、タイムマシン技師を死罪にしかねぬ勢いであった。
しかし、彼は常に冷静沈着で、己の感情をコントロールできる賢い男だ。

政弘はこう考えた。恐らくは、この未来の男と同じ種類の人物は、ほかにもいるに違いない。そして、時空を超えて様々な時代を行き来しているはず。とすれば、このような男に出逢ったのは、政弘一人とは限らない。

政弘の氷の視線に射抜かれた男は、恐怖の余り、全てを暴露した。
男のようなタイムマシン技師は全世界に数え切れないほどいる。
しかし、国内だけなら数は限られていた。そして、言語の問題などから、海外へタイムトリップするものはいないため、日本で登録されている国家資格を持つタイムマシン技師を洗いざらい調べれば、彼らの行き先、会った相手について知ることは可能だと言うことだった。ただし、そのためには、情報開示請求だったり、いくつもの条件をクリアしなくてはならず、簡単なことではなかった。

政弘にとって、誰と誰が会おうが、もうそんなことはどうでも良かった。男の言うように、誰もが、未来製の金銀財宝で喜んでいる馬鹿者ばかりならかまわない。だが、もしも、政弘同様、将来について知りたいと思った者たちが大勢いたとしたら、皆、きたるべき危機を事前に回避しようと画策し、歴史は目茶苦茶なことになってしまう。

そんな恐ろしいことがあってよいはずはなかった。

我はこの書物によって、我が家の行く末について知ってしまった。だが、恐らく、ほかにも、同じようにして、自らの家の行く末について調べたものがおるに違いない。我も含め、皆が、未来とやらを変えようと欲したら、この世の秩序は麻のように乱れる。この現象をなんとしたものか。我は、この家を救うことが出来るのか? 例えば……。陶の家の者を根絶やしにすれば、将来我が孫に仇なすものはいなくなるはず。そうではないか?

陶というのはこの家の重臣。そして、三代後に政弘の孫を殺害し、お家を乗っ取ろうとしたのは、この陶の一族の者であった。
ならば、こやつらを排除すれば、とりあえず、孫の命は守れそうに思える。
だが、タイムマシン技師は困ったような顔で答えた。

残念ながら、人は勝手に歴史を動かしてはならないという「掟」があるんだ。それは、俺たちの間のとりきめだから、あんたらには当てはまらない。だが、あんたも言ったように、誰も彼もが、保身に走ったら世の中は目茶苦茶になってしまう。だから、先の事を知ってしまった者は、もう、歴史に手出ししてはならないんだ。タイムマシンは一見すると便利なシロモノだが、実状はそんなところさ。俺らは骨董品を買い付けるだけの商売人。頼まれても、歴史を変えるようなことをしてはいけないんだよ。ほかにもヘンテコな規則は色々あるぜ。例えば、俺らは過去に遡ることが出来るが、未来には行けないんだ。自分が生きていた時代より後には行くことが出来ないんだよ。

ならば、そなたのマシンとやらで、我が孫の時代に行き、孫に陶の者に注意せよと伝えてやることもできぬということか?

あんたがマシンに乗る? 冗談じゃない。俺は「物」を運んだことは数知れないが、「人」を運んだことは未だかつてない。何が起こるかわらんし、命の保証もない。さっきも言ったが、未来から過去には遡れるが、過去から未来には遡れないんだよ。
いや、待てよ。あんたのいう未来はたかだか数十年後。それに、俺らから見れば、時代は立派に過去だから、過去から過去への渡航。俺らがまだ始まってもいない未来へ飛ぶのとは少し訳が違うな。いや、やはりだめだ。その時代、あんたはすでに死んでいたわけで……。俺はともかく、あんたにはやはり命の保証はない。

お家の存亡に関わる大事なのだ。私一人の生命などこの際、問題ではない。

だがなぁ……。さっきから言っているように、歴史は安易に変えられないんだよ。あんたはこの先も生きて、あれこれの事跡を残すことになっているはずだ。それを勝手に変えることはタイムマシン倫理に反することなんだよ。もちろん、何事にも例外はある。例えば……科学の力では説明がつかない超常現象だ。あんたが不老不死の妙薬でも手に入れて、数百年、数千年と長生きしたのなら、それはもうタイムマシン云々ではないので、あんたの意思で、歴史を動かして行ってかまわんだろうさ。
ただし、分かると思うが、大昔の異国の皇帝から始まって、権力者は皆、不老不死の妙薬を求め続けた。だが、残念ながらそれは、こうして時空を飛び越えられる世の中になった二十五世紀ですら、発明されてはいないんだよ。

政弘と未来の男は一晩中語り合ったが、何も得るところはなかった。

三代後に、この華やかな庭園も、屋敷もすべてが戦火に燃え尽きていると思うと、さすがの政弘も涙を禁じ得なかった。

彼は一人、宴も果てた閑散とした庭園の外れで、月を見ながら風にあたっていた。

父上、私はどうすれば良いのですか。この家を守るため、内乱を収めた功臣まで手にかけた……。しかし、それらはすべて、我が子、亀童のためだったのです。我が子に平穏な未来を残してやるため。ただ、それだけのためだったのです。しかし……このままいけば、お家は滅んでしまうと。私はただそれを、手をこまねいてみていろと?

怨霊からの贈り物

そのときだった。
なにやら、生暖かい風が庭園の水面を吹きすぎていった。
政弘は何やら、背筋が凍るような感覚を覚えた。

なにやつ?

松の木の陰から、ひとりの子どもがひょっこりと姿を現した。

お、お前は……

愛らしい子どもの姿に、なぜか政弘はかすかに身を震わせていた。
そう、この子どもは、かつて例のタイムマシン技師もあったことがある「留守居役筆頭」陶鶴寿丸であった。
十余年の月日が流れるうち、彼も成人し、そして「不幸な事件」により若くして世を去った、ということであったが……。
さきほどの、「内乱を収めた功臣まで手にかけた」という政弘の言葉は、どうもこの陶鶴寿丸に関係があるようだ。
成長した後の彼・陶弘護は応仁の乱で政弘が留守の間、細川家の裏工作で目茶苦茶にされ、造反者が続出した分国を無事に守り切った「功臣」ナンバーワンなのである。
ただし、ある時、政弘が開いた宴の席で、日頃から犬猿の仲であった石見の国人・吉見信頼という男に謀殺されて世を去っていた。
となると、上の政弘の独白「内乱を収めた功臣まで手にかけた」には、とんでもない裏がありそうである。

どうしたの、そんなに驚いた顔して。俺、お館様のビンビンに冷えた美貌にメロメロなのに。今日はなんだか、元気がないよ。さては、タイムマシンの男と取引をしちゃったのかな?

取引だと?

うん。あの男と取引しちゃうと、もうまともに生きていけなくなっちゃうんだよ。お屋形様も、知りすぎちゃったんでしょ? で、俺ばかりか、俺の息子や、孫まで殺そうと考えたよね? 何怯えてんの? 隠さなくても良いんだよ。俺、もう一度死んでるし。先の事は皆、見えてるの。あんな男と取引しなくても、先の事なんか幾らでも見えるんだよ。

も、もうよい、分った。そなたには惨いことをした。きちんと供養するゆえ、すぐにここから立ち去れ。そなたの子も孫も殺しはせぬから安心しろ。

本当にそれでいいのかな? 俺の息子や孫をそのままにしておくと、間違えなく、あんたの孫を殺すよ。因果応報って知ってるよね? もう誰にも止められはしないんだよ。その点俺は自由だよ。「怨霊」だからね。あんたに取り憑いて呪い殺すことも出来るんだけど、それはやらないの。怨霊は、恨み辛みがなくなったら成仏してしまう。俺は、もう少し、この世に留まっていたいんだよ。どうかな、御館様も、怨霊になってみては? 怨霊って「不老不死」なんだよ。いつまでもその美しい姿のままでいられるかもね。はい、これ、鶴ちゃんからの贈り物。使うかどうかは御館様次第。それじゃあね。

政弘は鶴寿丸から渡された小瓶を手に取った。
そこには一瞬でその生を終えることが出来る猛毒が入っていた。

まさか、私がこんなものを飲むとでも?

――あんたが不老不死の妙薬でも手に入れて、数百年、数千年と長生きしたのなら、それはもうタイムマシン云々ではないので、あんたの意思で、歴史を動かして行ってかまわんだろうさ。
――俺、もう一度死んでるし。先の事は皆、見えてるの。
――どうかな、御館様も、怨霊になってみては? 怨霊って「不老不死」なんだよ。いつまでもその美しい姿のままでいられるかもね。

彼らの言葉を信じてよいものか、さすがの政弘にも判断がつかなかった。
しかし、このまま定められた生を生き続けても、お家の運命は変えられない、それだけは事実のような気がした。

政弘は空を見上げた。
今宵の月も美しかった。

翌朝、家人は庭園の池之端で倒れている政弘を発見したが、既に事切れていた。
その姿は生きていた時と同様に、麗しかった。
しかし、主の突然の急逝に、家中は大騒ぎとなった。
幼子を抱えて夫の遺骸に取りすがって泣き崩れる妻・今小路は、彼の物言わぬその青ざめた顔に、かすかな微笑が湛えられていることを見逃さなかった。

これ以上ないくらい満ち足りていると思っていた夫が、自ら命を絶たねばならぬほど、何事かを思いつめていたとは。
彼女にはその理由にまったく心当たりがなかった。
だが、その微笑みを見れば、彼にとって、生きることは何らかの苦しみを伴ったものであり、今、その生を終えることによって、なにがしかの安寧を得たに違いなかった。
そう思うと、夫の苦しみを分かち合えなかった辛さ、無念で今小路の胸は張り裂けんばかりであった。

永遠の生

そしてその夜。
夫の亡骸の傍らで、寝ずの番をしながら、なおも涙に暮れていた彼女の元に、懐かしい姿が現れた。

どうしたのだ? そんなに嘆き悲しんで。自慢の美貌が台無しではないか。

そんな……あなた様をお慕いするあまり、わたくし、ついにこんな幻まで……

安心するが良い。すべてはそなたや亀童、そしてこのお家を守るためにしたことだ。

なにを仰るのです? 意味が分かりません。あなた様なくして、この家は、亀童は、わたくしはいったいどうなるのですか?

人ならざるものになることで、得られる力もあるのだ。私はこれからもそなたらを、この家を見守っておる。だから、何も心配はいらぬ。これまで通り、亀童のことを頼んだぞ。

お待ちください!! わたくしもお連れくださいませ……どうか、置いて行かないでくださいませ……

部屋にはすでに、政弘の姿はなく、夢であったのか幻であったのか、今小路は、ただ一人、先ほどと変わらぬ通夜の席に座っているだけであった。

幻の庭園

五百年後

おや。今度という今度は、まったくとんでもない座標の打ち間違いだ。ええと、ここは2020年の山口県山口市、と。何一つお宝なんかないじゃないか。まったくついていないな。

タイムマシン技師は例によって、とんでもない座標の設定ミスで、21世紀の山口に着いた。この未来の男の言葉も無礼千万だが、数多くのデジタル機器に囲まれたこの時代、確かに「骨董品」と言えるべきものは少ないのだ。
その多くは先祖代々のお宝として個人の所有物となるか、あるいは博物館の類に寄贈されており、いずれにしても、値が付けられないほどの重要文化財だ。男の目くらましのインチキ道具と交換してもらえる可能性はゼロだからだ。
仕方なく、元来た道を引き返そうとした男に、背後から声をかけてきた者があった。

久しぶりではないか。

えええ? あんたは、確か……

その男は、以前とはやや風貌を異にしていたが、どうやら、大内家の山口館で出逢ったことのある大内政弘その人であった。

そなたらのインチキのせいで散々な目に遭ったわ。何が不老不死、数百年生きていれば歴史も変えられる、だ。

いやその、ですから、保証はできないと。しかし、なんだってあんたがこんな時代に? まさか、他のタイムマシン技師に頼み込んでタイムトリップを?

政弘の話は、タイムマシン技師にはおよそ信じられないものであった。
陶鶴寿丸が残して行った薬の瓶を飲んだ政弘は、その場で絶命したが、鶴寿丸のいうような「怨霊」にはなれなかった。
彼は普通に成仏し、極楽の蓮の上の人になる定めだったのだ。

しかし、最初に決められた寿命を全うせず、勝手に自らそれを縮めてしまったことで、極楽では大目玉を喰らった。
天上の神々は、彼の言い分を聞いたのち、あれこれと詮議していたが、タイムマシンなどというシロモノの登場で、彼のような気の毒な人物が大量に発生している現実を憂い、嘆き合った。
そして、彼に対して、特別に選択肢を提示してくれた。
なぜなら、彼は生前に、神仏を大切にし、義を重んじる誠実な若者であり、また、国政も申し分なく完璧にこなしていた(少なくとも神様のデータにはそうあった)ことから、永遠に極楽浄土で安寧の日々を送る資格がある。
しかし、お家の将来を憂う思いもまた気の毒であるから、もう一度下界に転生して、元居た家に生まれ変わることを許す。ただし、彼が何者に転生したにせよ、歴史を変えることができる保証はない。
よって、選択肢のうち一つは、このまま極楽浄土で安寧の日々を送ること、一つは、転生して、もう一度人生をやり直すこと。
そして、さらに、もう一つ、特別なものが用意されていた。
日本の和歌を素晴らしい芸術だと称賛してやまない神様は、天才的な歌詠みである政弘のため、「不老不死」の生を与える。彼は今のままの姿で下界に戻ることができるが、暫くの間、それは彼の修行がどのくらい順調に進んでいくのかに拠るのだが、下界の者たちの営みに手を出すことはできない。しかし、修行を終え、奥義を身に着けた暁には、時空を超越する力、死者を召喚する力、いつの時代、どの場所にであれ、己の楽園を築く力をてにすることができる、というものであった。

つまり、あんたはその、三番目の特権を享受している、とそう言うわけだな?

いかにも。しかし、すべての修行を終え、奥義を手にすることができるまでには、五百年もの月日が過ぎ去ってしまった。

政弘は大きく溜息をついた。
つまりは、かくも長きにわたり、彼はこの世でたった一人、孤独な生に向き合ってきたというわけだ。
むろん、お家の滅亡も、座して見ているほかなかった。

それで、今は?

来るが良い。

タイムマシンの男は、政弘に連れられ、とある神社の裏道から、どんどん奥へと進んで行った。
すると、なんとそこには、彼が前回のタイムトリップで眼にしたのと同様の、雅な館がそのままの姿でそこにあった。

これは……まさか、信じられん。だが、こんなところに勝手に建築物を建てたりして、税金とかはどうなるんだ?

政弘は呵々と笑った。

我らの空間とイマドキの民の空間とが交わることは永久にあり得ない。ここは我らの目には確かに存在しているように見えるが、実際にはすべて夢幻なのだ。

……

館の中は、政弘が召喚した、家臣や身内などでごった返しており、まさに、在りし日の姿のままであった。
そして、彼を始め、すべての者は「決して歳を取らない」。

あんたはこれで幸せなのか? あんたが望んでいたのは、こんなインチキな世界をつくることだったのか?

タイムマシンの男には尋ねたいことが山ほどあった。
しかし、政弘はそれらの疑問には一言も答えず、ただ、男に一杯の茶をたててやり、来た時と同じように、謎の道を通って、元来た神社の裏手まで送り届けてくれた。

そなたと会うのもこれが最後となろう。くれぐれもここで見聞きしたことは内密に。まあ、口外したとしても、誰も信じはしまいがな。

ああ、黙ってるさ。だが、あんたの造ったこの庭園は、このまま永遠に続いていく。永遠というのもまた恐ろしい。もしも、生きるのに辛くなったら、いや、飽きてしまったら、それでも終わらぬ宴が永遠に続くのか? それもまた、ある意味、苦行でもある気がする。人は皆、不老不死を求めるが、かりに本当にそれが可能であったとして、死ぬことができないことが、今度は苦痛になりはしないか?

案ずるな。やがて、我がすべてに満足し「この上なく幸福である」と感じることができたなら、この夢幻は消滅し、己があるべき場所に戻る。そういう約束なのだ。それに……私も実際には「不老不死」ではない。まあ、行きづりのそなたにこれ以上を語る必要はあるまい。

こうして、多くの謎を抱えたまま、タイムマシン技師は去って行った。
そして、その後二度と、彼の地を訪れることはなかった。

政弘は永遠の生命を手に入れた時、天上の神から「月を司る(地上の)神」としての役割を与えられ「月下郎君」という雅な名前を賜った。
月を司るとは言っても、何も、月の満ち欠けをコントロールするようなものではない。朝廷の官職同様、その麗しい名前以外に、やることは特になかった。
但し、天界の神によれば、彼のほかにも「太陽を司る神」として下界に下りたものがいるらしく、やがてその人物と相まみえる時が来たのなら、そこでは血で血を洗う争いが待っているかもしれないという。

彼の王国も絶対ではないと言ったが、そんないわれが隠されているのだ。

以上が、大内庭園が出来るまでの由来である。
これを「庭園縁起」として、四阿の扁額の中に納める。

令和二年五月吉日。