僧侶・宗景イメージ画像
「案内も請わずに失礼する」
 そう言って、次の間から現れた武護の姿に、義興は勿論のこと、住職まで一瞬あっけにとられた。武護は向かい合って座る二人の脇で、床に手をつくと、義興に向かって深々と頭を下げた。
「此度の諸々の騒ぎの元凶はこの私です。この場で始末して下さいと申し上げても、それはできないと仰せになることは分っています。よって、この元陶武護だったのか、その後富田とか名乗っていたのだかわからぬ素浪人が、この件に関わるすべての者らになりかわり、御館様に、深く深く、お詫び申し上げます」
「な……」
 義興は驚いて言葉を発することができない。ずっと会いたいと思いつつ、会ってくれなかった武護が、いきなりこのような形で現れるなど、予想もしていなかったからだ。
 住職は二人を残して、そっと部屋を出て行く。
 床の上ではあったが、「土下座」したまま微動だにしない武護の肩に一旦、手を置いた後、義興もまた、彼の前で床に頭を擦りつけた。
「何をなさっているので?」
 起き上がった武護が、やや軽蔑した眼差しで義興を見遣った。
「父上に代わって、我が謝る。お父上のこと、本当に申し訳なく思う」
「おやめください。大国の当主の身で、通りすがりの出家なんぞに頭を下げるなど。体面に関わるでしょうが」
 なおも、床にへばりついている義興を武護が強引に引き摺り起こす。
「こんなことだろうと思った……お前のお父上こそ、真の『大国の主』に相応しい。お前はまだまだのろまな亀、だ」
 そう言ってくくっと笑っている友の顔を見て、義興もようやく笑顔になった。いや、笑顔ではあったが、こちらは例のごとく、涙で視界も曇っていた。子供のように、その涙を手で拭い去ってから、
「今、『出家』と聞こえたが……」
 武護は僧衣を身に纏っていたが、髪はざんばらで、ちょうど守護館で久方ぶりに再会したあの時のような姿であった。しかし、今は、住職の元で衣食足りていたから、着ているものは清潔であったし、髪も大童ではあったがきちんと梳かされているようだ。
「一度死んだ身だからなぁ。もう、仏様の前以外、居場所はないだろう」
 久々に、友の減らず口を聞いた。義興はそれを嬉しく思いつつも、二人の関係が既に以前のようには戻れないことも承知していた。
「国許を離れさえすれば、どこで何をやっていてもかまわぬだろう? 例の、畠山家の姫君との婚礼はどうなるのだ? 『死んだ事にしてくれ』などと言うから、言われたとおりに使いを出したのだが……」
 例の行き倒れはどこで油を売っているのか、未だに帰国してはいなかったので、紀伊国の様子がどうであったのか、義興には分らなかった。
「出家が妻帯できないのはご存じかと……」
 武護はあきれてものも言えない。だが、義興とて負けておられない。そうやすやすと「出家」などされたら困る。
「父上のことはその……何と言えば良いのか……だが、ここへ連れて来て、そなたの前で土下座させるわけにも参らぬし」
「言ったでしょうが。当主がそうやすやすと頭を下げるものではない、と。少なくとも、大殿様は何もかもを認めた。その上で、謝ろうとはなさってないんでしょう? 当然です。悪いことをしたとは露ほども思っておられぬ証拠です」
「しかし……」
 またあれこれと、正義感を振りかざしそうな義興を制して、武護がずばっと言い放った。
「このことは、これで終わりです。『何もかもを明らかにして欲しい』という我が願いは既に叶えられています。亀様には、心より御礼申し上げます。しかし、大殿が亡き父の仇であること、あなた様がその息子であること、それだけはかわらないのです。それにまた、奥方の件でも、あなた様に嫌な思いを……。内藤殿にすまなかったと思う気持ちは欠片もないが、娘御は無関係です。それこそ、焼くなり煮るなりして頂いて結構ですが、私もこうして、生き長らえた命、無駄にはしたくないのです。今後は、亡き父、弟、そして、内藤殿も含めて、此度の件で命を落とした皆の霊を弔いながら余生を送る所存」
「……」